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【話の肖像画】チベット難民の医師・西蔵ツワン(67)(3)

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侵攻してきた中国人民解放軍の兵士とチベット人。1951年5月、チベット政府は中国と「17カ条の協定」を締結した =同年10月(AP)
侵攻してきた中国人民解放軍の兵士とチベット人。1951年5月、チベット政府は中国と「17カ条の協定」を締結した =同年10月(AP)

■中国支配下の幼少期

 〈1950年代のチベットは、中国の支配が強まっていった。59年3月、抵抗運動を武力で鎮圧する「チベット動乱」が発生。チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世はインドへ亡命した〉

 私たちが暮らしていたシガツェに中国人民解放軍が進駐してきたとき、父は貿易の仕事でインドへ出張中でした。父はチベットの役人でしたから、戻ってきたら、亡命された法王(ダライ・ラマ14世)様のために働いた人物として、逮捕・搾取されてしまいます。だから、62年に亡命するまでの3年間、父は留守にしたまま、母と妹と私の3人で暮らすことになりました。

 今はそう分かるのですが、まだ6歳だった私は父の不在を「仕事が長引いているからだ」と思っていました。母も、子供たちには理由を話さなかった。当時は家族や親族間の密告が横行していたそうですし、子供は事情をよく分からないまま言わなくてもいいことを他人に話してしまったりするでしょう。母は何かの拍子に私たちが外で父のことを話してしまうのを恐れていたのだと思います。

 〈人民解放軍に占領されたシガツェでは、チベットの子供たちの中国化が始まった〉

 中国が始めた学校は小高い丘の上の兵舎みたいな建物にあり、教師は先の大戦中に日本軍との戦闘で中心的な役割を果たした八路軍の話をよくしていました。解放軍の兵士は八路軍の末裔(まつえい)で、「チベットの民衆を貴族による封建支配から解放しにきた。だから尊敬しなさい」という具合です。

 毎週土曜日には、野外映画を見せられました。日中戦争や朝鮮戦争で、いかに中国軍が活躍したか、いかに日本軍や米軍を打ちのめしたか、という内容です。日本兵は悪役で、ちょびひげを生やし、丸めがねをかけて、弱い民衆に刀を振り上げる。子供は単純だから悪者が映し出されるとスクリーン代わりの白壁に石を投げつける。上映が終わると壁が穴だらけになっていました。

 中国式の学校では法王様も悪者です。教師は映画の上映に合わせて、チベット仏教のお坊さんが解放軍の兵士に銃を向ける映像を見せ、法王様は反逆者だと教えていました。子供への洗脳教育というのは怖いもので、当時の私は教師の教えを素直に受け入れていたし、解放軍の兵士は偉いのだと思っていましたね。

 〈中国支配が本格化したチベットでは多くの高僧や貴族が処刑された〉

 裁判官のような人が、貴族やお坊さんを広場に座らせ、「あなたは封建制度の下で民衆を搾取しましたね」と宣告して、中国語で罪名を記した旗を襟首のところに立てていきます。罪人とされた人たちは、やじ馬につばを吐かれながら、郊外の処刑場に連れて行かれ、銃殺されました。

 物心ついた頃から、周りの大人たちがお坊さんを聖人と崇(あが)める姿を見て育ってきましたから、妙な思いでした。あれがきっと中国支配に違和感を覚えた初めての体験だったのだと思います。(聞き手 平田雄介)

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