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【文芸時評・7月号】文学するのをやめる勇気 早稲田大学教授・石原千秋

 文学がこうだ。本が売れなくなったと言うが、人文書の売れ行きの落ち方より文芸書の売れ行きの落ち方の方がはるかに大きい。人文書はむしろしっかりした本が増えたようにさえ感じる。客層に合わせて書き方を変えている感じもする。文学はそうなっていない。もちろんファッションとはちがって、文学はパッと見て変わったことがわかるわけではないから、10年間も迷走しながら実験するわけにもいかない。それができるのはコムデギャルソンのような強いブランド力がある作家だけだ。もちろん村上春樹。村上春樹は『1Q84』から確実に作風を変えてきた。「遅れてきたセカイ系」という人もいるが、それは村上春樹が客層の変化に合わせて作風を変えた証拠でもある。村上春樹が村上春樹するのをやめてもやはり村上春樹なのは、初期からほとんど変わらない文体の一貫性にある。つまりこうだ。文学が生き残るためには文学するのをやめる勇気がいるということだ。

 東京の世田谷パブリックシアターで、ケラリーノ・サンドロヴィッチの『キネマと恋人』の再演を観(み)た。初演はチケットを取った日の公演が出演者のインフルエンザで中止となってしまったのだ。評判もよかったし、ケラさんのファンだからどうしても観たかった。2階席の最後列なのは悲しかったが、誰かがその席で観なければならないのだから仕方がない。映画『カイロの紫のバラ』がもとになっているそうだが、ケラさんお得意の文脈はずしの芸もなく、非の打ち所のない人情喜劇になっている。ほぼ出ずっぱりの緒川たまきもすばらしかった。言いたいことは、ケラさんもケラさんをしない勇気を持ったということだ。文学にもその勇気が必要だ。

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