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【話の肖像画】作家・江上剛(65)(9)49歳で早期退職、作家に

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初めてのサイン会
初めてのサイン会

 〈平成15年、49歳で銀行を早期退職する〉

 1月10日の午前0時、自宅から人事部に早期退職申し込みのファクスを送りました。早期退職は先着500人。501人目になるのがいやだったので、募集日になった瞬間に申し込んだ。

 辞めようと思ったのは、前年の12月25日。都内の支店長が集められ、1兆円増資のために顧客からお金を集めるよう命じられたんです。みずほ銀行スタート時のオンライン事故で経営が厳しくなっていたんでしょう。でも、あの事故は経営側の判断ミスで、起こるべくして起きたもの。

 僕は当時、築地支店長をしていましたが、管内の企業の多くは資金繰りが大変でした。お客さまに自分たちの経営の失敗のつけを回すなんてできないと思いましたが、「金を集められない支店長はだめな支店長」といったようなことを言われ、カチンときた。自殺した宮崎邦次(くにじ)元相談役に「いい銀行にしてくれ」と言われたのに、合併してからどんどん悪い銀行になっていると思いました。

 支店に戻ったら早期退職募集の紙が目に入り、「もうやーめた」と。そう思った瞬間、体がラクになりました。帰りの電車に乗るため築地駅の階段を下りていくときの足取りが軽かったこと。やはりストレスがたまっていたんでしょうね。増資にはいっさい協力しませんでした。

 僕が辞めることを知った支店の行員から「どうするんですか」と聞かれたので、「『非情銀行』って小説は俺が書いたんだ。作家になるわ」と言ったら、「サインしてください!」って。「江上剛」が僕と知らずに本を買ってくれていた行員やお客さまが結構いたんですよ。

 ただ、新潮社の担当者は「辞めるんですか」とがっかりしていました。「非情銀行」を出すときに「銀行は絶対辞めないでください。銀行の給料は保証できませんから」と言われていました。それでも僕は「住宅ローンは退職金で返せるし、捨てる神あれば拾う神もある。なんとかなるかな」と思っていました。

 〈退職後、作家として順調なスタートを切る〉

 退職してすぐ、妻と2人で3週間のイタリア旅行をしました。帰ってきたら、小説を書いてほしいとの依頼が次々と入ってきた。当時は今ほどの出版不況じゃなかったこともあり、初版もそれなりの部数を刷ってくれました。

 広報部時代に付き合った新聞や雑誌の記者さんたちがコラムや講演などの仕事を回してくれた。フジテレビからは情報番組「めざましどようび」への出演を依頼されました。

 自分で言うのも何ですが、総会屋事件のときに記者さんたちにまじめに対応したことで、間接的に応援してくれたんでしょうね。(聞き手 平沢裕子)

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