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【話の肖像画】作家・江上剛(65)(8)小説講座で「ささやかな抵抗」

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小説講座の松成武治先生(右)と
小説講座の松成武治先生(右)と

 〈高田馬場の支店長時代にカルチャーセンターの小説講座に通う〉

 妻に「このままいったら濡れ落ち葉になるわよ」と言われ、カルチャーセンターのパンフレットを取り寄せました。そこにたまたま、小説誌編集者の松成武治さんの小説講座があった。人気講座でしたが、運良く1人だけ空いていて潜り込めました。

 講座通いは月2回で、3カ月で400字詰め原稿用紙80枚の小説を1本書くコース。総会屋事件をモチーフに「ささやかな抵抗」という企業小説を書きました。勧めがあって「小説現代」新人賞に出したところ、受賞は逃しましたが、題名と名前が本に載りました。

 気をよくして、広報時代に取材協力した縁で交流があった高杉良さんに読んでもらおうと原稿を家のポストに入れた。これが新潮社の編集者の手に渡り、「小説新潮」に載せてもらえることになった。銀行員は副業禁止だったので、妻の旧姓と大好きな高杉晋作を合わせ「近藤晋作」というペンネームにしました。

 編集者に「続きを書いて」と言われ、支店長の仕事をしながら、続きを書き始めました。書くのは毎日朝5時から、家を出る7時半ぐらいまで。パソコンがない時代で、ワープロで書いていました。

 支店のある高田馬場と新潮社のある神楽坂は地下鉄東西線で1本です。毎月末に100枚の原稿を持っていきました。10カ月間通ったところ、編集者に「こんな人初めてです」と言われました。「なんだ、みんなに適当に声かけてるんだろうな」と思いましたが、「おもしろいから本にしましょう。でも、新人の小説は1000枚じゃ売れません。700枚にしてください」とのことです。仕方がないからこれまでの原稿を引き取り、全部書き直して700枚にした。これがデビュー作の「非情銀行」です。担当編集者3人の名前から1字ずつとって、ペンネームを「江上剛」としました。

 〈平成14年4月、第一勧業、富士、日本興業の3銀行が統合し、「みずほ銀行」となるが、初日に大規模なシステム障害が発生。混乱は1カ月以上続いた〉

 合併準備を担当していたころ、富士のシステムが一番進んでいたので、「富士のシステムに合わせるべきだ」と主張しましたが、聞いてもらえませんでした。一方、第一勧銀のシステムは一番遅れていた。担当の役員がケチで、システムに投資しなかったからです。それなのに「システムは絶対に勧銀に統一する」という役員もいて、「ばかじゃないの」と思っていました。

 ただ、勧銀だけでなく、富士も日興も自分たちのシステムに固執した。なぜなら関連する会社があるから。1社に統一すると、他のシステムを担っていた会社の仕事がなくなってしまう。でも、統合するのですから、「みずほ銀行」としてどうすべきか考えるべきでした。オンライン事故は、起こるべくして起こったといえます。(聞き手 平沢裕子)

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