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【本ナビ+1】『合唱指揮者という生き方 私が見た「折々の美景」』清水敬一著 記憶を未来へとつなげる力 詩人・和合亮一

インタビューに答える詩人の和合亮一氏=15日午後、東京都千代田区(萩原悠久人撮影)
インタビューに答える詩人の和合亮一氏=15日午後、東京都千代田区(萩原悠久人撮影)
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 合唱のコンサートを聴きにいく。ある指揮者の情熱的な後ろ姿にいつも魅せられてしまう。日本を代表する指揮者の一人である清水敬一さん。

 印象はずばり炎の指揮者だ。しかしステージから降りると、ユーモアにあふれた方で、友人も多いだろうと思ってきた。本書を読み、彼の真顔も横顔も、手に取るように分かった気がした。

 彼の傍らには個性豊かな音楽人や友人、そして本や言葉がある。日々の暮らしの中で確かな音楽の種子を見つけている瞬間を数々のエッセーの中で探すことができた。

 そこに果肉が集まるかのようにしてこれまでの歳月への思いが密集…、一人の人生を果物に見立てて、手のひらにのせているような心持ちで本を開く楽しみがある。

 良い演奏を聴くとかつてその曲を耳にした経験が鮮やかに一気によぎる。それがはるか昔に得た機会であったとしても過去の歌い手たちの〈歌う表情、ことばさばき、フレージング〉までもが、ありありとよみがえるときがあると語る。過去の演奏は全て、そのまま現在へとつながっていると実感している姿がある。

 そして彼はタクトを振りながら直感してきた。自分の指揮する音楽は時間軸のいつも真ん中にあるのだ、と。〈「今、ここ」で展開している演奏が未来とつながっている〉。さまざまなシグナルを受け止めて記憶から今、そして先へとつなげていこうとしている耳と眼の力が文章に宿っている。

 あの鋭い指揮棒の先は豊かな音の時空を切りつけるようにして何かをいつも指しているのだ。中原中也の詩に「無限の前に腕を振る」という一節があるが、清水さんの指揮はまさにその通りだと思って、いつも惚(ほ)れ惚(ぼ)れしてしまう。

 ■『村上春樹 雑文集』村上春樹著

 音楽をめぐる文章が好きだ。〈もし記憶がなかったら、僕らには今現在の僕らしか、頼るべきものがない〉と作家はいう。そして〈記憶〉とは〈存在の背骨〉だとも。雑文と自ら呼ぶものに込めた音楽の影と背骨を探しながら読んでみると新しい過去と出合っている気持ちになる。それに頼りたくなる。(新潮文庫・750円+税)

【プロフィル】和合亮一(わごう・りょういち)昭和43年、福島県生まれ。『AFTER』で中原中也賞。震災詩集『詩の礫(つぶて)』の仏語版で、仏「ニュンク・レビュー・ポエトリー賞」(外国語部門)を受賞。

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