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【話の肖像画】作家・江上剛(65)(5)井伏先生のつくだ煮に感涙

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早稲田大の学生時代。友人と(前列左端が本人)
早稲田大の学生時代。友人と(前列左端が本人)

 〈大学時代に始まった作家、井伏鱒二との交流は、井伏が亡くなるまで続いた〉

 幸い、デモでけがをすることはなく、早稲田の公衆電話から井伏先生の家に電話しました。ご本人が出て「今から来なさい」と言われ、荻窪駅から歩いて10分ほどのお宅へうかがいました。

 豪邸だったらどうしようと思っていたのですが、古い木造の平屋でした。小さな庭を横切って玄関に入ると、井伏先生が出てきて「上がりなさい」と言ってくれた。生まれて初めてスコッチ・ウイスキーのブランド「ジョニ黒」(ジョニー・ウォーカーの黒ラベル)を飲ませてもらいました。うまかったですね。近くの丹波屋からうなぎを取ってくれて、太宰治の話とかいっぱいしてくれた。その後も定期的に付き合うようになりました。

 僕は民俗学のサークルで田舎の祭りなどを調べる取材旅行をしていたのですが、井伏先生も旅が好きで、僕が旅で仕入れた民話の話をしたり、飲みに連れて行ってもらったりしました。

 〈1年留年した後、第一勧業(現みずほ)銀行に就職する〉

 留年が決まって、実家からマツタケが送られてきたので井伏先生に持っていったときのことです。「一緒に食おう」と言われましたが、「僕には食べる資格がない。先生どうぞ」と言うと、「じゃあつくだ煮にするから」と言われまして。翌年、就職が決まって挨拶に行くと、座敷に上げていただき、待っていると奥さんがマツタケのつくだ煮を出してくれた。「君が去年持ってきてくれたマツタケだよ」と言われ、感激してぼろぼろ涙が出ました。就職祝いに革靴を2足買ってくれました。

 大阪に勤務することを告げると、「大阪は商人の町だから、仕事をしっかり覚えてきなさい。小説はいつでも書けるから」と言われました。井伏先生に小説を見せたことはないし、小説家になりたいと言ったこともないんですよ。恥ずかしいから。いっしょにお酒を飲んで時間をつぶしているだけの学生でしたが、先生は気に入ってくれて、「古典を読みなさい」といったアドバイスをしてくれました。僕も先生が勧める(ロシアの詩人で作家の)プーシキンなどをちゃんと読んで話をするから、作家志望と思われたのかもしれないですね。

 銀行に入ったのは、同じクラスの女子学生が、第一勧銀に入行していた先輩に、「小畠(江上さんの本姓)君を何とかしてあげて」と頼んでくれたから。どこにも就職する当てがない僕に同情してくれたんでしょう。面接を受けることになり、運良く採用してもらえました。

 父に銀行に入ることを報告したら、「お客さんには目の前に落ちとる五円玉を拾うように頭下げんといかん」と言われました。田舎で商いをしていた父は、銀行から融資を断られるなど金策に苦労していただけに、「お金を借りる人の気持ちになって仕事をしろ」と言いたかったのでしょうね。僕も「父のようなお金に困っている人たちの役に立とう」と思って、銀行員の仕事をしてきました。(聞き手 平沢裕子)

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