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【書評】『同潤会代官山アパートメント』三上延著 懐かしい光景浮かぶ物語

 東京は今、オリンピックに向けてあちこちで工事が行われている。街が生まれ変わる期待感とともに、慣れ親しんだ景観が変わることに感傷をおぼえる人も多いだろう。

 三上延(えん)の新作『同潤会代官山アパートメント』は、昭和とともに生まれ、平成に解体された実在の集合住宅を舞台に4世代をまたいだ家族小説だ。1927年から97年までを約10年刻みで8編の短編にして構成している。

 物語は、関東大震災で最愛の妹を失った八重が同潤会代官山アパート(以下アパート)に移り住むところから始まる。八重は、悲しみを分かちあうように妹の婚約者だった竹井と結婚。その頃は珍しい3階建てだったアパートに住むことになる。しかし、モダンなデザインで水洗便所も備えた最新式のコンクリート住宅に八重は慣れることができない。つるりとしたしっくいの壁が愛想のないように感じてしまうのだ。しかし、竹井の意外なひと言に救われ、ここで暮らしていこうと決心する。

 八重の娘の結婚、孫がおこした火事騒ぎ、家族の意見の衝突など、アパートを舞台にさまざまな出来事が八重の晩年まで語られる。ちゃぶ台での夕食、傘を持って駅までの迎え、庭でのヘビ花火、ビートルズのレコードなど、懐かしい光景がその手触りとともに浮かび上がり、読者の心をくすぐっていく。

 とくに印象深いのは「森の家族」の章で、80歳代になった八重が、孫とひ孫に支えられて東京タワーに行く場面だ。きらびやかに変貌したビル街の中、アパートのあたりだけ時代に取り残され森となっていた。それは年老いた八重の姿に重なるのだが、そんな八重を頼り、ひ孫の千夏はだれにもいえなかった思いを告白する。

 著者は71年生まれで、古書店を舞台にした『ビブリア古書堂の事件手帖』シリーズがベストセラーに。今回の作品でも寡黙で不器用な人の中にある芯のような強さを魅力的に描き、奥行きのある優しい人間ドラマになっている。語り手を変えることで文体に変化を持たせ、年代ごとの思いの違いを繊細に表すことにも成功。同潤会アパートを知らない世代も自分の生き方に引きつけ、共感できるだろう。(新潮社・1500円+税)

 評・赤羽じゅんこ(童話作家)

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