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【書評】『殴り合いの文化史』樫永真佐夫著 異色の暴力・人間論

殴り合いの文化史
殴り合いの文化史

 本書の著者はボクサーにして文化人類学者。敵の拳をかわしながら殴りつける快感と、敵の打撃を肉体に受けたときの苦痛を知る著者が、人間と暴力の切っても切れない関係を、文化人類学者としての知見を駆使して縦横に語り尽くす。異色の暴力論、ボクシング論であり、人間論である。

 直立二足歩行が可能になった人間は、自由になった手で道具を作ると同時に殴り合うようにもなった。道具を作るのも人間なら、殴り合うのも人間なのだ。手を自由に使えるようになった人間の脳は発達し、本能が壊れてしまう。本能に従って生き、生殖することもできなくなった人間は、「気晴らし」を求めるようになり、拳の暴力性をも「気晴らし」に取り込んでゆく。拳の闘争は、長い時間をかけて文化として洗練され、やがて近代ボクシングが成立する。

 この流れを、著者はカイヨワの『遊びと人間』やホイジンガの『ホモ・ルーデンス』の説を批判的に紹介しながら、《暴力で敵を殲滅(せんめつ)的に虐殺したり、敵の流血と苦悶(くもん)から嗜虐(しぎゃく)的快楽を得るのは、理性に基づき行動する人間》であり、《暴力や流血を嫌悪する感性を鋭敏化させたのも理性》であり、《その意味で、流血や暴力性の排除を骨子とする近代スポーツはあきらかに、理性の申し子なのだ》と述べる。すなわち近代ボクシングは理性の両極の葛藤の中で成立していったのだ。

 以上を踏まえて身体論、名誉論、快楽論といった各論に入ってゆく。そこに登場するのはロッキー、矢吹丈、ムハマド・アリ、ジョージ・フォアマン、マイク・タイソン、大場政夫、ガッツ石松、斎藤清作(たこ八郎)、辰吉丈一郎、坂本博之らのボクサー、果ては三島由紀夫まで。《快楽と痛みは同時に甘受できる》ことを身をもって知る著者は、「人生の逆転」という神話に支えられて《恐れをコントロールして勝ちを取りに行くことこそが、まさにボクシングの醍醐味(だいごみ)》と断じる。

 こじつけでなく、ボクサーである著者の繰り出す言葉は、ジャブのように読み手にヒットし、その思考を乱暴に刺激するはずだ。ボクシングを通して人間の本質に迫ろうとする快著である。(左右社・3700円+税)

 評・桑原聡(文化部)

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