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【万葉賛歌】その時代(5)防人の悲しみに心打たれ

 防人は律令制のもと、17~65歳の成年男子に課せられた課役で、奈良時代を通じて続けられた。主に東国の男たちで、国ごとに都へのぼり、難波津から船で北部九州の各地に送られた。任期は3年だが交代が来ず、そのまま命を落とす例も少なくなかった。

 防人の悲劇は当人だけではない。残された家族も働き手を失い、飢えに苦しむこととなる。別掲の最初の歌は、信濃国小県郡(ちひさがたのこほり)(長野県中央部)の他田舎人大島(をさたのとねりおほしま)という人物が詠んだものである。妻はつい最近、亡くなったのだろう。故郷に残してきた、母のない子供たちの暮らしを気遣う思いがあふれている。

 こうした防人の歌が収録されたのは、家持が兵部省(ひょうぶしょう)の役人として難波津で彼らの管理にあたったからである。防人の歌には拙劣なものが多かったが、家持の心を打つものもあったことがよくわかる。

 万葉集にはこのほか、《今日よりは顧みなくて大君の醜の御楯と出で立つ我は》のような、明らかに地域のリーダー格の詠唱と分かる歌も交じる。

 都の貴族や僧侶ら教養人だけでなく、東国の庶民まで自らの思いを歌で表現していることは感動的である。まさに、日本は古代から「言霊(こだま)の国」だったのだ。(客員論説委員 渡部裕明)=おわり

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