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【本郷和人の日本史ナナメ読み】天皇と「光」(下)

 いや、やんごとなき方が父君に良くない追号を奉じるような、意地悪をされるわけはあるまい。そうも考えたのですが、父君が「後の陽成」で自身は「後の清和」。これは明らかに不自然です。先に述べたように、清和天皇が父、陽成天皇は子。後水尾天皇はそれをひっくり返して用いている。大覚寺統の「後宇多-後醍醐-後村上」のように、父子の順序はふつう、変えない。変えると不孝といわれても仕方がない。激しい性格で知られた後水尾天皇がもしそれをあえてしていたとすると、後陽成と後水尾の親子の不和は、相当に厳しいものであったのかもしれません。

 次回は7月4日に掲載します。

 ■後陽成天皇

 1571~1617年。天正14(1586)年、祖父・正親町天皇の譲位を受け、即位。豊臣秀吉はさまざまな場面で天皇を厚遇した。しかし江戸幕府が成立すると、政治的な圧力を受けるようになり、失意のうちに亡くなった。遺骸は火葬され、京都市伏見区の深草北山陵に葬られた。なお後陽成天皇の次代、後水尾天皇から昭和天皇までは土葬であるので、火葬された最後の天皇ということになる。

【プロフィル】本郷和人

 ほんごう・かずと 東大史料編纂所教授。昭和35年、東京都生まれ。東大文学部卒。博士(文学)。専門は日本中世史。

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