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【話の肖像画】前統合幕僚長・河野克俊(64)(9)イージス艦事故の教訓

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 〈平成20年2月19日の午前4時すぎ、千葉県南房総市の野島崎沖で、当時最新鋭だった海上自衛隊のイージス護衛艦「あたご」と勝浦市の漁船「清徳丸(せいとくまる)」が衝突し、清徳丸は大破・沈没して船主とその長男が行方不明となった。海上幕僚監部のエースが務める防衛部長だった河野氏は、事故後の人事で海将補から海将に昇進することはなく、掃海隊群司令というポストに異動した〉

 この事故では、海難審判で主因があたご側にあるとされ、刑事裁判では清徳丸に回避義務があったとされ、正反対の判断が示される結果となりました。

 いずれにせよ、防衛省・自衛隊としての情報発信のあり方など、事故をめぐる対応に問題があったことは否定できません。

 〈事故の発生当日、防衛省はあたごの航海長をヘリで呼び出して直接、聴取を行った。自ら原因解明にあたる姿を示そうとしたのだが、一義的に捜査を行う海上保安庁に良い心証を与えるはずはなかった〉

 6年後の1月に、広島県大竹市の阿多田島東方沖で、海自の輸送艦「おおすみ」とプレジャーボートが衝突し、プレジャーボートの船長と乗客が亡くなる事故が起きました。このとき私は海幕長でしたが、前回の反省から、海上保安庁の捜査に協力することに徹しました。こちらから独自に情報発信することは控えました。

 事故の構図としては似ているものでしたが、後者の事故の方が自衛隊への批判のトーンは弱く、事故原因もおおすみ側にはないと結論づけられました。

 〈河野氏が海幕長に就いたのは24年7月。8年前に組織内のいじめが原因で隊員が自殺する「たちかぜ自衛官いじめ自殺事件」が起きていた。ミサイル護衛艦の乗員が、先輩から日常的に受けていたいじめが原因で、飛び込み自殺を図った。事件を受けて行ったアンケートを隠蔽(いんぺい)したことが問題化した〉

 たちかぜ事件では、海幕長のときに判決が出ることになり、海自側が敗訴しました。私は1人で遺族のところに謝罪に行きました。この事件の対応には、直接かかわっていなかったのですが、最初から海自の対応について疑問に思っていました。

 いじめ問題への対応というのは、経験に基づく感性を持っていないと、正しい判断ができないことがあります。私は防衛大の学生時代に自分も苦労したので、厳しく指導を受ける人の気持ちは分かる。さらに言えば、いじめられる人の気持ちも分かるつもりです。

 どんな社会でもいじめは起こり得ます。それをなくしていかなければならないが、隠蔽だけは絶対やってはいけない。

 〈掃海隊群司令に就くと、少し時間に余裕ができたという。そこで、あることを思いつく〉

 小学校の担任の先生が山岡荘八の「徳川家康」が発売され、それを読むのが楽しみだと話していたのをなぜか思い出し、私も山岡荘八全集の全巻を読むことにしました。(聞き手 石井聡)

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