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戦死した叔父の日章旗、75年の歳月を経て米国から戻る

叔父・谷口留造さんの遺影を手に、遺品の日章旗を見つめる鶴谷文代さん(左)=令和元年5月28日午前11時56分、大阪府千早赤阪村二河原辺、「いきいきサロンくすのき」(藤崎真生撮影)
叔父・谷口留造さんの遺影を手に、遺品の日章旗を見つめる鶴谷文代さん(左)=令和元年5月28日午前11時56分、大阪府千早赤阪村二河原辺、「いきいきサロンくすのき」(藤崎真生撮影)

 先の大戦で21歳の若さで戦死した大阪府赤阪村(現・千早赤阪村)出身の谷口留造(とめぞう)さんの遺品である寄せ書きの日章旗が、約75年の歳月を経てめいの鶴谷文代(つるたにふみよ)さん(73)=奈良県橿原市=の手元に戻った。米兵らが「戦利品」として持ち帰った日章旗の返還を続ける米国の非営利団体「OBON(オボン)ソサエティ」の活動で実現。鶴谷さんは「叔父は魂だけでも故郷に帰りたかったのではないか」としのんだ。(藤崎真生、写真も)

 日章旗は縦70センチ、横100センチ。「祈武運長久」の文字のほか、約170人分の名前や赤阪村(当時)に鎮座する「建水分(たけみくまり)神社」の名が記されている。谷口さんが出征時に託されたものとみられる。

 谷口さんは大正11年10月生まれで、日本遺族会などによると、昭和19年7月中旬、故郷から約2500キロ離れた南方のマリアナ諸島で戦死した。

 鶴谷さんによると、谷口さんは9人きょうだいの末っ子。谷口さんの兄にあたる鶴谷さんの父は、満州で戦った後に帰国。戦後は兼業農家になり、大戦については決して語らないまま、約20年前に85歳で世を去った。

 9人きょうだいのうち戦争で亡くなったのは谷口さんだけで、軍服姿の谷口さんと祖父母の遺影は、鶴谷さんの生家に掲げられていたという。

 一方、谷口さんの日章旗は、マリアナ諸島から約1万2600キロ離れた米メリーランド州在住の元盲学校校長、スターレット・グラニスさん(65)が、2003年に84歳で他界した父の遺品を整理する中で偶然、見つけていた。亡くなった父も谷口さん同様、戦地に赴いていた。

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