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【書評】『「舞姫」の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説の世界が明治に存在したので20万字くらいかけて紹介する本』山下泰平著 

■近代文学史の裏面に驚き

 タイトルが長いので「まいボコ」と略して呼ばれている。

 明治、大正時代、大衆に熱烈な人気を博しながら今ではほとんど知る人がいない小説世界・明治娯楽物語を紹介した文学案内だ。教科書に載っているようなお堅い近代文学史の裏面に、これほど胸躍る世界があったのかと驚かずにはいられない。

 題名の由来になった小説は星塔小史(せいとう・しょうし)の『蛮カラ奇旅行』だ。明治40(1907)年、柔道の達人でもある粗野な若者・島村隼人がハイカラ退治の旅に出る。ハイカラとは〈西洋風に生活する気取った人間〉のことらしい。何が悪いのかわからないし、敵を見つけ次第殴り、殺害するのが基本方針というから仰天してしまう。

 しかもこのめちゃくちゃな若者を船上で刺し殺そうとする金髪碧眼(へきがん)の娘が、森鴎外の代表作『舞姫』のヒロインにそっくりなのだ。『舞姫』はドイツに留学した日本人が現地で知り合った少女と夫婦同然に暮らし、妊娠までさせたのに単身帰国する話。確かにひどい主人公だが、その日本人にそっくりな人物がどうして関係ない娯楽物語でボコボコにされるのか。社会背景を丹念に調べて解き明かしているところがスリリング。

 例えば、同時代を舞台にした物語でゲンコツを使うヒーローが盛んに描かれていたのは、明治9年に帯刀禁止令が発せられたことの影響が大きいという。フィクションなのだから気にせず刀を持たせたらいい、という発想はなかった。

 明治人はリアル至上主義で、理屈にこだわるから。面白ければ何でもありの娯楽モノさえ、ある程度は合理的であることを求めた。そういう精神性が育まれた理由も、第1章できちんと根拠を挙げて説明されている。取り上げている作品同様、面白さを最優先しつつ理屈を大事にしているところが素晴らしい。

 8歳にして牛の角を折るほどの怪力の持ち主で豆腐みたいな体形の桂市兵衛、苦味走った美男子だが、ほかに特殊な能力はなく仲間をすぐ裏切る閻魔の彦など、現代の本ではなかなかお目にかかれないユニークなキャラクターに出会える。

 小説を読むのが好きな人はもちろん、創作をしている人にもすすめたい。(山下泰平著/柏書房・1800円+税)

評・石井千湖(書評家)

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