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【倒れざる者~近畿大学創設者 世耕弘一伝・第3部】(6)「悪条件でやってこそ研究だ」日本にもまだ農場になる土地があることを示した附属農場

 農学部1期生で附属農場顧問の佐々木勝昭は、弘一のそんな励ましを聞いた一人だ。

 佐々木は37年から、湯浅農場で果樹栽培に取り組んできた。せっかちな弘一は造成した土地にすぐに果樹を植えさせたがったが、やせた土地ではなかなか果樹は育たなかった。

 佐々木は、土ができていない時期に取れたミカンを弘一が口にしたときのことが忘れられない。佐々木は食べて「酸っぱくてあかん」と思っていたのだが、意外にも弘一は「うまい」とほめてみせたのだ。

 佐々木は「自分で計画してできた果物ですから、おいしくなくても評価してくださったと思っています。努力している研究者へのいたわり、労いではないでしょうか」と振り返る。

 このような苦労を経てミカン園では毎年70~100トンが収穫される。弘一の薫陶を受けた佐々木は熱帯果樹栽培の研究に打ち込み、日本初のマンゴーの新品種「愛(あい)紅(こう)」を開発している。

 荒れた丘陵地を改良して誕生した農場を通して弘一は、狭い日本にもまだまだ農地になりうる土地があると言いたかったに違いない。(松岡達郎)=敬称略

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