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【倒れざる者~近畿大学創設者 世耕弘一伝・第3部】(5)「不可能を可能にするのが研究だ」近大マグロ誕生秘話

浦神実験場で熊井英水名誉教授(後列左端)らと記念撮影する世耕弘一氏(同左から2人目)=和歌山県那智勝浦町(近畿大学提供)
浦神実験場で熊井英水名誉教授(後列左端)らと記念撮影する世耕弘一氏(同左から2人目)=和歌山県那智勝浦町(近畿大学提供)
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 近畿大学の知名度を全国区にした近大マグロを生んだ、つまりクロマグロの完全養殖を成し遂げた近大水産研究所は終戦直後、近大創設者の世耕弘一が深刻な食糧不足を懸念し、「陸上の農産物の増産では追いつかない。それでは島国・日本を囲む広い海があるではないか」と発想したのが原点だ。

 弘一は、昭和23年当時に学長だった大阪理工科大学の附属施設として和歌山県白浜町に白浜臨海研究所(後の水産研究所)を設置した。これが新制近畿大学の発足とともに近大附属となり、現在の近大農学部につながっている。この際、弘一は当時の食糧不足への対応にとどまらず、復興後の人口増を想定して海を「畑」にみたてて海産物の養殖の重要性についてこう語った。

 「日本は将来必ず食糧資源が不足する時代に遭遇する。そのためにも海を耕して、資源を求めることが必要である」

 研究所では、マダイやカンパチ、シマアジ、イシダイ、ヒラメなどの養殖技術を次々と開発。天然の稚魚を成魚に育てて産卵させ、その卵を採取し、さらに成魚に育てて産卵させるというサイクルを繰り返す完全養殖の研究をそれぞれの魚種で進めてきた。

 クロマグロの完全養殖を達成した平成14年当時の水産研究所長で、近大理事・名誉教授の熊井英水は大学を卒業した昭和33年に研究所に着任。35年に同県那智勝浦町の漁協の要望を受けた浦神実験場の開設を託された。

 弘一は「実験は整えられた環境ならだれでもやれる。設備などを創意工夫して施設をつくるのが本当の研究だ」と言い、施設計画は若い熊井に考えさせ、自ら決裁したという。

 「昆布の養殖研究をしなさい」

 その実験場の完成後、弘一はこう指示したことがある。ただ、熊井は弘一が水産のことをよく知らないからこうした指示をしたと思って断った。

 「昆布は北海道のような寒いところでしか育ちませんよ」

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