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【話の肖像画】前統合幕僚長・河野克俊(64)(4)スタートでの出遅れ

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防衛大の卒業アルバムから。苦難の後の喜びなど人生のあり方を語っている
防衛大の卒業アルバムから。苦難の後の喜びなど人生のあり方を語っている

 〈満を持して防衛大を受験したものの、まさかの不合格。「未来の統幕長」候補を見抜いたのかどうかは不明だが、大学は見捨てなかった。ともあれ河野氏の学生生活が始まった〉

 父も私もがっかりしているとき、4月1日の夜に自宅で夕食を食べていると電報が届きました。当時のカタカナ電報ですね。「4月4日に着校せよ」という内容でした。合格発表の後、入学しない人がいるので、追加合格が認められた。つまり補欠合格です。

 父は喜びましてね、食べ慣れないものをごちそうしてくれたのでしょう。それが悪かったのか、入校前の健康診断の尿検査でひっかかりました。それでも、何とか入ることができました。

 ただ、他の新入生は4月1日から着校して、制服のアイロンのかけ方やベッドの片付け方とかを習得しているわけです。こちらはもともと不器用な方で、そういうことは苦手でして、さっそく、大きなハンディを負ったと感じました。

 学舎内の指導にあたる4年生たちが、金曜の夜に開く「F会」というのがあって、そこで私のことが議題にされたこともあったと聞きました。制服とかベッドとかは学業と関係ないのですが、学生舎生活に問題があるとして目を付けられたわけです。

 〈防衛大では全学生が「学生隊」と呼ばれる組織に所属する。週番などを受け持つほか、スポーツ行事なども運営する。学生隊は4個大隊に分けられ、その下に中隊、小隊が置かれ、それぞれ上級生から下級生が組み込まれている。また、各レベルに指導教官がついている〉

 練習が厳しいラグビー部に入ったのも、「少し性根を入れ替えてやらないと」と自分で思ったからでした。

 そんな時に出合った本が、司馬遼太郎の「坂の上の雲」だったんです。海軍だけでなく陸軍のことも出てきますが、あれを見て目を開かされた。自衛隊で生きていく上での目標が見つかったような気がしました。こういう人生を送りたいなと思ったんです。おやじがおやじなんで、防衛大を出たあと、任官拒否なんてことはあり得なかったわけですから。

 新入生の指導にあたっていた中隊の指導官の方でしたが、訓育の時間にこの本を紹介されました。本では乃木希典大将が必ずしも高く評価されていないというような話がありました。現在、私は乃木大将を評価していますが、そういう小説があったのかと興味を持ち、すぐに学内の本屋で買いました。

 それを読んでから、成績も上がりました。防衛大は学科が分かれているので総合的な順位は付きませんが、昭和52年の卒業時には機械工学科のトップでした。各大学の機械工学科の一番に日本機械学会から授与される「畠山賞」を頂きました。

 若い隊員に話すこともあります。私のようにスタートは不合格で、入ってからも目を付けられる。そんな学生でも、目標を持って進むことで道が開けた。かなり希有(けう)な例かもしれませんがね。将来に不安を抱えていても、何がどう転ぶかわからない。がんばり続けることが大事だと。(聞き手 石井聡)

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