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地下埋没の“幻の大坂城”、石垣の構造確認 大阪市大

 大阪市立大の仁木宏教授らのグループは4日、現在の大阪城の地下に埋まる豊臣秀吉時代の「大坂城」について、天守台の石垣部分の構造を確認したと発表した。これまで絵図でしか確認されていなかった築城当時の大坂城の姿が大規模に確認されたのは初めて。秀吉が築いた大坂城は石垣の一部を除いて遺構は確認されておらず、仁木教授は「絵図で従来あるだろうと思われたものが確実に存在することを把握できた」としている。

 大坂城は天正11(1583)年に秀吉が築城したが、慶長20(1615)年の「大坂夏の陣」で落城。徳川家が埋め立て、約10年かけて新たな城を築いた。現在の石垣は徳川家が築いた当時のもの。

 グループは、絵図や過去の研究を基に、金属製のスクリューを地下深くに挿入し、地中の障害物の形状や地質を調べる手法で調査を実施した。約300地点を調べたところ、地下約2メートル付近に石垣の一部を発見。石垣は3段構造で高さ約30メートルと判明した。

 徳川家が築城した大坂城の石垣と高さはほぼ同じだが、当時の建築技術では、この高さの石垣を築けず、低い石垣を3段に重ねたと考えられる。

 また、櫓(やぐら)の基礎部分とみられる構造物が確認されたほか、生活の場だった奥御殿と公務を行う表御殿をつなぐ橋の構造も明らかになった。

 現在、大阪城は国の特別史跡に指定されているため発掘調査が難しい。仁木教授は「発掘調査がほとんどされていない場所で、構造物の情報を得られた。秀吉時代の城郭の構造解明につなげたい」と話している。

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