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【勇気の系譜 第一部 使命】18年前、ホーム転落の客救助で犠牲に 李秀賢さん(上)

酔客が転落したホームに飛び込み、救助にあたった李秀賢さん(赤門会日本語学校提供)
酔客が転落したホームに飛び込み、救助にあたった李秀賢さん(赤門会日本語学校提供)

 犠牲や苦境をいとわず、踏み出された勇気がある。人生の決断には勇気が欠かせない。新たな時代を迎え、世界が混(こん)沌(とん)とする中、私たちはどう生きていくのか。身をもって示した人物をそれぞれ2回に分けて紹介し、生きることの本質を問う。

 雪が降ると、あの日を思い出します。もう18年の歳月が過ぎたんですね。「なんてバカなことをしたの」。事故を知った直後は、本気でそう考えました

 平成13年1月26日夜、東京・JR山手線新大久保駅。線路へ転落した酔客を助けようとして韓国人留学生、李(イ)秀(ス)賢(ヒョン)=当時(26)=は電車にはねられ、亡くなった。秀賢が通った「赤門会日本語学校」(東京都荒川区)で英語を教えていた田中展(のぶ)子(こ)(72)の記憶はいまも鮮明だ。

 当時は屋内で吸えていたたばこを、休み時間に階段で吸う姿が目に焼き付いています。母親と同年代の私が話しかけると照れくさいんでしょうね。いつも頭を掻(か)いていました。「おいしそうに吸うわね」と言ったときも、そうでしたね。非常に優秀な生徒で、常に友人たちに囲まれていました

 翌27日午前2時ごろ、韓国・釜(プ)山(サン)。1本の電話が未明の静寂を破った。寝付けずにいた辛(シン)潤(ユン)賛(チャン)(69)は不安を覚えながら、受話器を取った夫、李(イ)盛(ソン)大(デ)を見守った。「え、秀賢が事故に?」。日本に留学中の一人息子の悲報だった。

 あの晩、私は嫌な夢を見たんです。色のない、モノクロームな部屋の中で、見知らぬ男が私と夫に向かって「これはだめですね」と。今思えば、虫の知らせだったのでしょう

 一睡もせず、潤賛は盛大と日本に向かった。その日の首都圏は記録的な大雪に見舞われ、成田空港から秀賢の学校の最寄りの日暮里駅まで5時間近くかかった。ニュースでは事故のことがしきりに流れていたが、母は息子が犠牲になったとは信じなかった。しかし、警視庁新宿署の霊安室で変わり果てた息子と対面した。

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