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現地資料に両親の名前、出身地の番地「肉親の最期、知ってほしい」

オーストラリアのカウラ市にある日本人墓地に関して、埋葬者のデータベースを構築したグループの1人、豪州国立大の田村恵子名誉上級講師
オーストラリアのカウラ市にある日本人墓地に関して、埋葬者のデータベースを構築したグループの1人、豪州国立大の田村恵子名誉上級講師

 1964(昭和39)年に整備されたオーストラリアのカウラ市の日本人墓地には、豪州各地から旧日本軍の兵士や民間人らの遺骨、遺灰が集められ、丁重に埋葬された。詳しい身元が分からなかった一因として、捕虜を恥じて使ったとされる「偽名」が指摘されてきたが、埋葬者のデータベースを作ったグループの田村恵子・豪州国立大名誉上級講師は調査結果を踏まえ、「実名を使っていた人が多いのではないか」との見方を示す。

 厚生労働省によると、カウラ墓地が整備される前の昭和33年ごろに英連邦側から豪州内の遺骨、遺灰に関する資料が提供された。旧厚生省は30年代、この資料などをもとに遺族を探す調査を実施。一部の遺族には連絡が入ったが、近年、実名が判明していた埋葬者の遺族に連絡がなかったことが確認されている。

 当時の調査が尽くされなかった経緯は記録がなく不明だが、田村氏は「捕虜が偽名を使っていたという当時の日本社会の認識が背景にあったのではないか」と話す。

 今回、田村氏らのグループが現地の尋問資料を精査したところ、多くの捕虜が「捕虜になったことを家族に知らせないでほしい」という趣旨の回答をしていた一方、両親の名前や、出身地の番地などを詳細に説明。田村氏は「漢字の署名も書き慣れている印象がある」とし、実名を名乗っていた捕虜が多かった可能性を指摘する。

 捕虜の一人で昭和20年に病死し、カウラの墓地に埋葬された長野県出身の旧陸軍兵士、若麻績通明(わかおみ・みちあき)さんは当時の尋問に実名で回答。平成25年に収容所関連の研究に取り組む日本人女性が、現地資料から若麻績さんの氏名を見つけたことがきっかけとなり、遺族に埋葬の事実が伝わった。

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