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【聞きたい。】大西比呂志さん 『伊沢多喜男 知られざる官僚政治家』

フェリス女学院大教授・大西比呂志氏
フェリス女学院大教授・大西比呂志氏

■贔屓役者動かした「黒幕」

 戦前の政官界で半世紀にわたり存在感を示し、戦後、カナダ人歴史家・外交官、ハーバート・ノーマンから「日本の黒幕」と評された伊沢多喜男の評伝。

 明治2(1869)年生まれ。内務省で各県知事や警視総監などを務め、地方行政、治安警察などで“伊沢閥”を形成。貴族院議員、台湾総督、東京市長を経て枢密顧問官に就任。出身の官僚組織を基盤に政治活動を行う「官僚政治家」の道を突き進んだ。

 多くの政局、内閣交代劇に関与。「大臣製造者」とも呼ばれたが、度々あった自身の大臣就任要請には応じなかった。

 「彼の政治手法は自分がトップに立つのではなく、“贔屓(ひいき)役者”を背後から動かすスタイル。その贔屓は(いずれも首相になった)加藤高明、浜口雄幸、近衛文麿、幣原喜重郎らです」

 盟友・浜口内閣のロンドン海軍軍縮条約批准問題(昭和5年)で海軍や枢密院との対立などから交渉決裂の危機のなか説得工作に尽力し、浜口遭難後は、幣原外相を臨時首相代理に据え、混乱を収拾するなどの活躍が白眉とみる。

 一方、政権や政党から距離をとるスタンスで、「体制のなかで反骨の少数派」を貫き、大政翼賛会に反対し、東条英機首相の日米開戦も批判した。

 「御意見番として政界の大久保彦左衛門とも呼ばれたが、世論や議会の大勢が一方に傾くと反対意見を出して質(ただ)すなど、政治の健全性を保つ存在だった。今の政界にこういう人は…」

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