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【本ナビ+1】災禍の国土、人々への思い 文芸評論家・富岡幸一郎

文芸評論家・富岡幸一郎氏
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 ■『山海記』佐伯一麦著(講談社・2000円+税)

 平成が終わり、この30年間を振り返ったときに、自然災害の多かったことがしばしば言及されている。しかし、歴史を長くとれば、日本は地震、津波、台風の災禍を頻繁に受けてきた国であり、戦前の物理学者で随筆家としても著名な寺田寅彦は、「数千年来の災禍の試練によって日本国民特有のいろいろな国民性のすぐれた諸相が作り上げられたことも事実である」(『天災と国防』)と言っている。

 この小説の語り手「彼」は東日本大震災の被災者だが、地元の仙台から離れてこの国の災厄に見舞われた各土地へと赴く。たどり着いたのは紀伊半島の十津川流域であり、川沿いを行くバスに揺られながら、大震災と同じ年(平成23年9月)の台風12号の豪雨による大水害の痕跡を目の当たりにする。十津川村は明治22年に壊滅的な水害によって生き残った村人たちが北海道に移住、新十津川村を開拓した歴史がある。『吉野郡水災誌』という災害の記録をはじめ、作家はこの土地に縁のある幕末の天誅(てんちゅう)組の記録『南山踏雲録』や、さらに『古事記』『日本書紀』『愚管抄』『太平記』などの古典も織り込みながら、この災禍の国土に生きて死んでいった人々に遥かな思いを寄せる。

 それはただ過去への思いではなく、旅を続ける「彼」自身の内なる痛恨と向き合うことである。〈その地をバスで通りながら、五年前の震災での、津波の直接の犠牲者はもとより、その後、過労や心身を消耗させて亡くなった知人たちの霊のことを彼は思わずにはいられなかった〉。2年後、「彼」は再び十津川を訪れる。小説の人称がそこで「彼」から「私」へと変わる。「私」は前回は心身の変調で渡れなかった長い吊(つ)り橋を渡り切る。それは試練と練達、死と再生、過去と現在のあいだに架けられた時という「橋」であるように思える。

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