PR

ライフ ライフ

【日本人の心 楠木正成を読み解く】第2章 時代の先駆者が伝えるもの(3) 周到な籠城 合理的な戦略

 水質管理にも工夫を凝らし、桶の底に赤土を沈めて水質の劣化を抑えた。こうした点を『太平記』は<楠が智恵の程こそ浅からね>と絶賛する。

 「長期戦を見越していたのでしょう。千早城には“野戦病院”があったともいわれ、修験者(しゅげんじゃ)から漢方を調達していた可能性もあります」

 原田主事はそう話す。

 後方支援(ロジスティクス)体制が整っていたことが、籠城戦の勝因の一つになったことは間違いない。対照的に幕府軍は、護良親王配下の野伏(のぶし)(武装民兵)に補給路を断たれ、次々に退却していった。食料や水の確保、治療態勢といった正成の戦略、着眼は十分、今日から見ても有用なのである。=毎週金曜掲載

■正成の陣中食

 戦前の陸軍糧秣本廠(りょうまつほんしょう)が昭和9年に刊行した『日本兵食史』に、「楠氏兵利丸」というものが紹介されている。携帯しやすいように丸薬状にした保存食で、諸説あるが楠木正成が陣中で部下に与えたともされる。原料はマムシ、茯苓(ぶくりょう)(サルノコシカケ科の菌類)など。

 食文化史研究家でNHK大河ドラマの食膳再現にも協力した永山久夫さんは、この楠氏兵利丸を「楠木軍のエネルギー源だったのでは」と話す。また永山さんは、籠城中の楠木軍は大豆を使ってモヤシを大量に作り、栄養補給していたのではないかと推測する。

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ