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【話の肖像画】現役最年長サッカーライター・賀川浩(94)(8)W杯の魅力に取りつかれ

 4年後にもう一回、「W杯取材に行きたい」と申し出た。すると「今度も行かさないと、会社を辞めてしまう」ということで、OKが出た。旅費も全部自腹ですよ。会社には出張扱いにしてもらっただけ。高齢のおふくろの面倒をみなければあかんかったし、万一事故に遭ったときの保険のことも考えてね。それ以外に出張扱いにしてもらう理由はなかった。

 〈74年大会から「W杯行脚」が始まった。体の調子が悪くて行けなかった2010年の南アフリカ大会を除き、14年ブラジル大会まで10大会を現地で取材した〉

 74年大会はヨハン・クライフのオランダと、フランツ・ベッケンバウアーの西ドイツという2大スターがいるチームが決勝であたって、開催国の西ドイツが勝った。スポーツの大会ではこれ以上ない結末になったのだから、盛り上がりますよね。僕はスポンサーと知り合いだったこともあって、いろんなところに潜り込めた。だから裏話をよう知っていたんですよ。W杯は毎回、鮮烈な思い出がある。もう二度と行けないと思いながら取材してきたから。そのうちW杯が近づく度に、「こりゃまた行かなあかんな」と思うようになったんです。

 〈専門誌の「サッカーマガジン」にW杯の紀行文も書き始めた〉

 もともと紀行文を書くのが好きで、学生のときから旅行記なんかを自分で書いていたからね。1959年の第1回アジアユースに出場した日本代表に主務兼報道係として帯同したときも、帰国してからサンケイスポーツにティーンエージャーが東南アジアを回ったという連載を20回ぐらい書いたんだ。どこに行っても、食べ物もなんでも食べられるし。ただ、僕は酒は飲めない。酒好きなら、それだけで紀行が書けたのにね。その分、僕は物書きとして点数が低いかなと思ったりしていた。(聞き手 北川信行)

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