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【話の肖像画】現役最年長サッカーライター・賀川浩(94)(8)W杯の魅力に取りつかれ

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1959年、第1回アジアユースの日本代表に主務兼報道係として帯同した(右端)
1959年、第1回アジアユースの日本代表に主務兼報道係として帯同した(右端)

 〈サッカーの日本代表は1964年の東京五輪でアルゼンチンを破って8強入りし、68年のメキシコ五輪では銅メダルを獲得した。自身は70年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会の取材を目指した〉

 両五輪の好結果により、サッカー人気が高まった。日本の新聞社も「どうやらW杯というものがあるらしいぞ」ということになった。そこで70年メキシコ大会に記者が派遣されたんですよ。ただ、取材というよりも視察団みたいな感じだった。僕はサンケイスポーツの大阪運動部長だったが、70年大会の取材に行くつもりで旅費をためていた。1カ月ほどかけ、いろんな準備もした。サンケイスポーツが携わっている春場所前夜祭などの事業も全部、他の人にやってもらう段取りをつけた。それで「自費で1カ月ほどW杯に行かせてください」と願い出たんだ。でも、なんやかやで出してくれない。編集局長に「君がいなくて新聞ができるのかね」と言われて終わりや。

 〈結局、初めてW杯を取材したのは4年後の74年西ドイツ(当時)大会になった〉

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