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【話の肖像画】現役最年長サッカーライター・賀川浩(94)(5)風来坊から新聞記者に

 昭和26年にスウェーデンのクラブチームのヘルシンボリが来日した。彼らは1936(昭和11)年ベルリン五輪でスウェーデンが日本に負けたことに対するリベンジを掲げていた。欧州からスポーツのチームが来日したのは戦後初めてだったと思う。珍しいからと、(京都府内で発行されていた)夕刊京都に頼まれて記事を書いた。

 〈世界的な彫刻家となる流政之とも親交があった〉

 兄貴は田辺製薬(現田辺三菱製薬)でサッカーをしていたが、僕は風来坊みたいな生活を送っていた。流さんは兄貴と海軍で知り合いだった縁で、仲良くなった。どういうわけか気が合って一緒に暮らしたりしていた。そこに新聞社の文化部の連中が集まってきて…。僕がサッカーができるというので、夕刊京都に記事を書くことになった。知り合いの記者が産経新聞がボールゲームを書ける記者を探していると教えてくれ、僕の記事を産経新聞の運動部長に見せた。面接があって、その場で入社が決まった。部長にはすぐに取材に行くように言われたんですよ。(聞き手 北川信行)

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