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【夜間中学はいま】(7)ネパールで育った少女の学び

■先生も電子辞書で奮闘

 平成27年4月、日本で働いていたプルナさんに呼び寄せられた。その1週間後にネパール大地震が発生。約9千人が犠牲になり、膨大な数の建物が被害を受けた。シリザナさんが通った学校も閉鎖されたといい、深く傷ついた。

 さらに言葉が分からない異国での暮らしが追い打ちをかける。ホテルのベッドメーキングのアルバイトもしたが、注意を受けてもその内容が分からない。「コミュニケーションを取るのが難しかった」。気持ちが沈む生活が1年ほど続いた。それは将来への恐怖と闘う日々でもあった。

 そんなシリザナさんを心配したのだろう。プルナさんが経営するインド・ネパール料理店の常連客が夜間中学のことを教えてくれた。

 28年4月、さつき学園夜間学級に入学。ネパール語の読み書きを一から学んだように、日本語を一から学び、数学や英語などの教科を勉強した。母語ではないだけに苦労もより多かったが、クラスメートの姿に励まされた。「こんな高齢の人たちが頑張っているのに、私も頑張らないといけないと思いました」。ネパール語ができる先生はいなかったが、電子辞書を使うなどしながら、シリザナさんが理解できるまで教えてくれた。1年後の卒業時には日本語で自分の思いを伝えられ、文章も書けるようになった。

■大学にも進学したい

 今、充実した高校生活を送る中で感じることがある。「女子も男子も同じように学んでいる姿を見ると、とてもうれしくなる。なぜ、私の国は女性だというだけで学校に行けないのか、とても悲しくなる」

 シリザナさんは教育を受けたことで見える世界が変わった。「将来を自分の力で考え、いいこと悪いことを自分で判断できるようになった。前に進めました。もっともっと勉強したいです」。この4月から高校3年生。大学に進学し、国際関係を学びたいという。

 「夜間中学と出合わなければ今の私はありません。こんなふうに日本語で話せないし、高校にも行っていない。夜間中学は私にとって一番大切なところ。『ありがとう』しかないです。ほんまに」。関西弁も自然に出る。

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