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【夜間中学はいま】(7)ネパールで育った少女の学び

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「夜間中学と出合い、今の私がある」と語るシリザナさん(中央)。週末には父(右)の店を手伝う=京都府八幡市(安元雄太撮影)
「夜間中学と出合い、今の私がある」と語るシリザナさん(中央)。週末には父(右)の店を手伝う=京都府八幡市(安元雄太撮影)

 夜間中学に通う外国籍の生徒が増えている。全生徒の約8割を占め、かつて最も多かった在日韓国・朝鮮人らが減る一方、近年は仕事などで来日したネパール人の子弟らが急増。大阪府守口市立さつき学園夜間学級の卒業生、シリザナ・チャリセさん(22)もその一人だ。4年前に来日したときは日本語がまったくわからず、将来を悲観していた。だが、夜間中学で「あいうえお」から学び、大阪府立門真なみはや高校(門真市)に通う今、大きな夢を抱く。母国の女子教育の厳しい現状を変えたいのだという。

■女だから仕方ない

 ネパールの山のふもとにある小さな村で生まれ、祖父母や親族が一緒に暮らす大家族の中で育った。幼い頃から家事や牛の世話などを手伝い、年下の従兄弟の登下校に毎日付き添った。学校を目にするたび、「私もここで勉強したい」と思う。従兄弟の宿題を眺めていると、親族から「あなたが見ても意味がないから、早く掃除をするように」と言われた。「女だから仕方がない」と当時のシリザナさんは考えていたという。

 女子教育への理解が乏しい母国の環境の中で、異なる価値観に目覚めたのは父のプルナさん(45)だった。出稼ぎ先のインドでプルナさんは女性が社会で活躍する姿に衝撃を受け、娘にも教育を受けさせたいと願う。「女の子に教育は必要ない」と反対する親族を押し切り、シリザナさんは通学できるようになった。9歳のときだった。

 約50人のクラスの中で女子はシリザナさんともう1人だけ。苦労もさんざんしたが、「あこがれの学校で勉強できる喜びの方が大きかった」。ネパール語の読み書きができるようになると、まず、インドにいる父に手紙を書いた。返事の手紙も読めた。「すごくうれしかった」と笑顔で語る。

 11歳のとき、親族がシリザナさんの結婚を決めた。「パーティーをして、きれいな服を着たり、おいしいものを食べられたりするのが結婚だと思っていた」というシリザナさんは喜んだが、児童婚の残酷な一面を知るプルナさんは大反対した。自分の妹が11歳で結婚し、13歳で出産したときに亡くなっていたからだ。

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