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【話の肖像画】現役最年長サッカーライター・賀川浩(94)(4)特攻隊で迎えた終戦

 兄貴や親しい先輩も軍隊に入った。僕も適齢期がきたら入ることになると思っていた。そこで、陸軍に特別操縦見習士官という制度があったので、志願して19年6月に入隊した。そこから1年あまり。敗色濃厚になっていたけど、まだまだいけるもんやと思って手伝いに行った。

 〈陸軍では特別攻撃隊となった〉

 20年4月に現在の北朝鮮の海州(ヘジュ)にいたときに特別攻撃隊の編成に入った。「どの飛行機で(ぶつかりに)いくんや」と尋ねたら、「そこの二枚羽の赤とんぼ(練習機)を黒く塗っていくんや」と言われて驚いた。そこから、ぶつかるための演習をずっとやった。練習機やったけど、一番楽しかったかな。ガソリンはなくてアルコール燃料やけど、特攻隊やからどんどん使えるし、自分の飛行機もある。操縦の腕がめきめきと上達するのが自分でも分かるわね。それで技術がどう上がるのかの過程を確認できた。飛行機乗りになったおかげで、そういうことも経験し、後にサッカーをしたり、文章を書いたりする上で役立った。

 〈終戦を迎えたのも北朝鮮だった。そこから復員した〉

 沖縄の戦場に出してもらえると思っていたら、「沖縄にはこの飛行機ではいけない。お前ら本土決戦や」ということになった。だから、演習も本土決戦用にやっていたわけですよ。僕らの隊の守備範囲は朝鮮海峡。そこにくる相手にぶつかる。木浦(モッポ)という朝鮮半島の南に飛行場があって、8月中旬に向かうことになっていた。しかし、移動前の海州にいるうちに終戦。「とりあえず南の方へ行け」と言われ、10月になったら「日本に帰れ」と。それで山口県の仙崎港に復員したんです。(聞き手 北川信行)

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