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【万葉集ふるさと紀行】多摩川沿い(東京・狛江) 布づくりと恋する心重ねて

万葉をしのぶ乙女像「たまがわ」=4月24日、狛江駅北口(吉沢智美撮影)
万葉をしのぶ乙女像「たまがわ」=4月24日、狛江駅北口(吉沢智美撮影)
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 「多摩川にさらす手作り さらさらに何そこの児(こ)の ここだかなしき」

 東京、神奈川、山梨をまたぐ多摩川。歌にある「さらす手作り」とは、「万葉集」が編纂(へんさん)された奈良時代、多摩川沿いで生産されていた布を表現している。もう見られない当時の情景は、詠み込まれた歌の歌碑などに姿を変えて、多摩川が流れる東京都調布、狛江両市に面影を残している。

 多摩川沿いと布の関係は深い。調布の地名は、当時の税「租・庸・調」のうち、各地の特産物を納める「調」として布を献上していたことが由来とされる。この歌も、布づくりに関わる人が詠んだとみられる。

 「何そこの児のここだかなしき」は、「なぜ、この娘がこんなにいとしいのだろうか」が一般的な現代語訳だ。だが、高岡市万葉歴史館(富山県)の担当者は「これは恋の歌」と言い切る。そして「『この児』という表現から、具体的な誰かに向けて歌ったわけではく、恋の雰囲気を表現したかったのでは」と推測する。

 この歌をめぐり、多摩川沿いで布を生産している様子を表現したという「万葉をしのぶ乙女像『たまがわ』」が、小田急小田原線狛江駅の北口にある。

 「“さらす”というと京都の鴨川の友禅流しを思い浮かべがちだが、当時の意味合いは違う」。そう話すのは、乙女像建立に携わった井上孝さん(86)だ。

 井上さんによると、当時の布は植物から繊維を取って織り、硬く緑色をしていたため、布をたたいて繊維をほぐした。その行為が“さらす”だったという。さらす際には布を水につけるため、作業は多摩川沿いで行われた。乙女像は足元に浮かぶ多摩川のさざ波を見つめている。

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