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【彰往考来 新時代のヒストリア】「平成」と「令和」をかける 内館牧子さん(1)

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内館牧子さん=4月、東京都港区(三尾郁恵撮影)
内館牧子さん=4月、東京都港区(三尾郁恵撮影)

 もし平成が「才能豊かな女性が台頭した時代」と記憶されるなら、その代表格の一人として語られることだろう。内館牧子さん(70)。いずれにも「名」の冠がつく脚本家であり小説家、またエッセイストでもある。その内館さんへのインタビューを通じて、ゴーギャン(※)よろしく、「平成以前はどんな時代だったのか」「令和はどんな時代になるのか」「われわれはいかなる生き物なのか」について考えてみたい。(編集委員 関厚夫)

すべては「バラ」からはじまった

 〈昭和63(1988)年11月9日。約2カ月来、病床にある昭和天皇のご容体が大きく報道される一方で、外電は「米国次期大統領にブッシュ(父)氏」をトップニュースとして矢継ぎ早に伝えていた。

 同じ日の夜、2時間わくの民放TVドラマ『バラ』(副題「夫が蒸発して8年、孤独な女の心が一輪の花で揺れる」)が放映された。テレビ欄に目を移せば新聞各紙ともそのあらすじや寸評をドラマのワンシーンの写真とともに大きな扱いで掲載している。

 そのはずである。原作は曽野綾子さん。主人公を岸惠子さんが演じ、菅原文太さんが共演。そして監督は映画『伊豆の踊子』でメガホンを取り、いまも語り継がれるTVシリーズ『傷だらけの天使』も手がけた鬼才、恩地日出夫さんだった。いずれ劣らぬ豪華な顔ぶれだったが、脚本家は例外だった。当時まったく無名の内館さんである〉

 それまではフリーライターの仕事が中心でしたから、『バラ』が脚本家としての実質的なデビュー作でした。

 でもなぜ、まだ脚本家の「卵」みたいな私が抜擢されたかというと、監督・出演俳優・原作者があまりにビッグネームすぎたので、脚本は新人のほうが直しなどを命じやすいというか、脚本をあえて引き受けるのはこわいもの知らずの新人くらいしかいなかった、というのが真相のようです(笑)。

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