PR

ライフ ライフ

関電の森井元社長お別れの会「電力安定供給の礎築く」

多くの人が参列した関西電力の元社長、森井清二さんの「お別れの会」=23日、大阪市北区のリーガロイヤルホテル(南雲都撮影)
多くの人が参列した関西電力の元社長、森井清二さんの「お別れの会」=23日、大阪市北区のリーガロイヤルホテル(南雲都撮影)

 3月に92歳で死去した関西電力の元社長で、関西経済同友会代表幹事を務めた森井清二(きよじ)さんのお別れの会が23日、大阪市北区のリーガロイヤルホテルで開かれ、交流があった約800人が故人をしのんだ。

 祭壇は白い花で飾られ、笑顔の森井さんの遺影が置かれた。別室には、社長として昭和62年8月の大飯原発3、4号機(福井県)の起工式に臨む森井さんの様子などを撮影した約30点のパネルも展示された。

 関電の森詳介相談役は「社長時代に電力供給システム構築に積極的に取り組まれるなど、当社の電力の安全・安定供給の礎を築かれた大先輩。ご功績をしのび、心より哀悼の意を表します」と話した。

 森井さんは京都市出身。京都大工学部卒業後の同24年、関電の前身会社の一つである「関西配電」に入社した。関電管内の電力需要の約7割が供給停止した同40年の大規模停電(御母衣(みぼろ)事故)の後、送電網の強化に尽力。関西経済同友会代表幹事を務めるなど、財界活動にも力を入れた。

 義父は元関電社長で関西経済界の重鎮だった故芦原義重氏。森井さんの社長就任は、関電社内の派閥争いを招き、62年2月の取締役会で芦原氏が取締役を事実上解任された「関電2・26事件」につながった。

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ