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【夜間中学はいま】(4)「消えた子供」が見つけた命綱

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守口市立さつき学園夜間学級に通う女性=5日午後、大阪府守口市(安元雄太撮影)
守口市立さつき学園夜間学級に通う女性=5日午後、大阪府守口市(安元雄太撮影)
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 確かに学校は嫌いだった。早起きも苦手で、行きたくないと思っていた。だが、まさか本当に行けなくなるとは思っていなかった。9年間も。この先どうなるのか、生きていけるのか。小学校を卒業していない山崎陽菜(やまさき・ひな)さん(23)=仮名=は、不安と苦悩と焦りの中で「風が通りすぎたかのように」十代の大半を過ごしたという。学籍も削除され、社会的に「消えた子供」だった少女時代を経て、5年前から大阪府守口市の市立さつき学園夜間学級で学び続ける。

母の言葉

 小学4年の初め頃までは登校できていたが、それ以降は通える状況でなくなった。同級生の輪に入れず、休憩時間は図書館や運動場などで一人で過ごしていた山崎さんは、当初は「ラッキーと軽く考えていました」と振り返る。

 5歳のときに両親が離婚。一緒に暮らす母親が脳梗塞を発症したのは7歳のときだった。目の前で母親が倒れたことはおぼろげに覚えている。点滴を受ける母親の通院に付き添ったが、病状は次第に悪化し、寝たきりに。母親の介助に料理などの家事手伝い。働き手のいない家計は苦しく、登校できなくなった。「外にはおつかいで出かける程度。相談できる相手もいませんでした」

 家では、かつて塾講師をしていた母親に算数を教わった。漢字は辞書で勉強し、覚えるためにその字を織り込んで詩を書いた。自分を一番表現できるのが詩だという。だが、将来のことを考えると不安がふくらみ、胃がキリキリ痛んだ。

 15歳のある日、おつかいの帰り道で一枚のポスターが目に入る。夜間中学生の募集だった。「どんな学校なのか分かっていませんでしたが、私も通えるのかな、ここで学びたいな、と心から思いました」。山崎さんが登校できない状況を気にかけていた母親も「夜間中学に行かなあかんなぁ」と言った。

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