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【書評】『イヴァン雷帝の『絵入り年代記集成』栗生沢猛夫著

『イヴァン雷帝の『絵入り年代記集成』 モスクワ国家の公式的大図解年代記研究序説』 栗生沢猛夫著
『イヴァン雷帝の『絵入り年代記集成』 モスクワ国家の公式的大図解年代記研究序説』 栗生沢猛夫著

 □『イヴァン雷帝の『絵入り年代記集成 モスクワ国家の公式的大図解年代記研究序説』

 ■ロシアの源流探る契機に

 『16世紀の絵入り年代記集成』と題される2万点に近い極彩色の細密画と説明から成る壮大なロシアの年代記集成が刊行された。著者は、その編纂(へんさん)・成立過程、文化的・歴史的意義および歴史史料としての価値を論じ、『集成』ではどのようにモスクワ大公国の歴史が書かれているか緻密で丁寧な紹介をしている。

 その意味で、本書は歴史学の基礎となる史料学の本であり、またそれに基づいた歴史叙述の書でもある。

 ロシアを統一してモンゴルの支配から脱したイヴァン3世(在位1462~1505年)とビザンツ皇帝の血を引くソフィア(ゾエ)との結婚に至る経緯は細密画で実に良く表現されている。イニシアチブはオスマン帝国による攻勢の前に立たされた教皇側にあった。カトリック勢力はモスクワを対イスラーム十字軍に引き込もうと考え、あわよくばモスクワをカトリック化しようとした。内外の危機的状況に直面した大公の堅実、粘り強い重厚な性格と優れた政治的資質が説明される。

 複雑な経緯で後継者となる孫・ドミトリーの戴冠(たいかん)式を契機に、モスクワ的専制理念の創出が図られ、多数の社会時評的諸作品が出現、ロシアの国章「双頭の鷲」が生み出された。しかし短期間で、ソフィアとその子が権力を握る。

 次のイヴァン4世(雷帝、在位1533~84年)時代のモスクワ大火と暴動について、反ツァーリ(皇帝)的陰謀貴族こそが国家と社会に対するもっとも危険な分子であること、さらには暴動の大規模性ないし庶民性が激しいタッチの細密画で描き出される。

 著者は詳細なテクスト分析により、『集成』におけるテクスト編集と細密画の作成の間、すなわちツァーリ権力の代弁者たる編者と庶民でもある絵師の間に微妙なずれがあったとも指摘する。

 かくして、『集成』編纂の背後に、専制が確立したイヴァン4世時代のロシア人が、ビザンツの後継者としてのルーツやアイデンティティーを探ろうとする姿勢が表れていたと著者は見ている。ロシアの国家や社会の源流を探る契機となる最良の一冊である。(成文社・6000円+税)

 評・豊川浩一(明治大学専任教授)

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