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【新・仕事の周辺】奥山景布子(小説家) 落語から滋養いただいて

作家・奥山景布子
作家・奥山景布子

 歴史小説を書いていますと言うと、よく「ご専門は?」と尋ねられる。私はこの質問がとても苦手だ。なぜなら、面白いと思ったことには片っ端から何にでも手を伸ばしてしまうので、それと答えられるものがないからだ。

 デビュー作『源平六花撰』では、源平の戦いに巻き込まれた女性たちの姿を描いた。その後、『恋衣 とはずがたり』では鎌倉後期の後宮女官の足跡、『時平の桜、菅公の梅』では平安貴族の政権闘争、『キサキの大仏』では聖武天皇と光明皇后の大仏建立にかけた願い、『秀吉の能楽師』では、能に耽溺(たんでき)した豊臣秀吉の晩年。さらに、昨年度の新田次郎文学賞をいただいた『葵の残葉』の主役は、高須四兄弟と呼ばれる、幕末の動乱に翻弄された四人の大名(徳川慶勝、徳川茂栄、松平容保、松平定敬)……。

 どう見ても、時代も素材もばらばら。幅が広いといえば聞こえが良いが、節操がない、気が多すぎるとのそしりは免れないだろう。

 とっちらかった作風の中で、それでも複数作に共通する要素が落語だ。『たらふくつるてん』の主役は江戸落語の祖といわれる鹿野武左衛門。シリーズ物の『寄席品川清洲亭』は完全なフィクションだが、主役は幕末の品川で、寄席の経営に奮闘する夫婦。そして、最新作『圓朝』では、幕末明治に名人と謳(うた)われた落語家、三遊亭圓朝の生涯を取り上げた。

 落語との出合いは小説を書き始めた頃。それまで小説を読むことはあくまで娯楽だったが、己が書く側になってみるとどうしても勉強の気分が強くなる。面白い作品に出合えば合うほど、「どうすれば自分もこういうふうに書けるのか」と悩むことになり、残念ながら、息抜きとはいえなくなってしまった。代わって、行き詰まることが日常茶飯事の執筆生活に潤いを与えてくれているのが、能や歌舞伎、落語といった伝統芸能だ。とりわけ落語は性に合い、気づけば月に4、5回ほど、寄席やホール落語に足を運んでいる。

 時折、落語の何がそんなに面白いですかと聞かれることがある。改めて考えてみて気づいたのだが、私はどうやら勝手に、落語家さんに親近感を抱いているらしい。

 ほぼ一人で世界を作りださねばならないという点において、小説家と落語家はとても近い所にいるような気がする。また、同じ噺(はなし)でも演じ手によって味わいの違う古典落語は、同じ人物や事件でも、手がける作家によって見える景色が変わる、歴史小説と似た所があるように思う。

 ただ、両者で決定的に違う点がある。自分の作品を読者がどう読んでくれるのか、知ることの難しい小説家に対し、お客さまの反応を肌身で感じ取れるのが落語家だ。それは、うらやましいような、怖いような--。

 同じくエンターテインメントで身を立てる者として、座布団の上で一人、奮闘する人々から多くの滋養をいただきつつ、こちらも一人、白紙の上に文字を並べる日々を送っている。

【プロフィル】奥山景布子

 おくやま・きょうこ 昭和41年、愛知県生まれ。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。平成19年、「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞を受賞し、デビュー。30年『葵の残葉』で第37回新田次郎文学賞。主な著書に『びいどろの火』『たらふくつるてん』『圓朝』。

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