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【話の肖像画】元日銀副総裁・ジャーナリスト 藤原作弥(82)(10)「イージーなメディア」になるな

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元日銀副総裁、ジャーナリスト・藤原作弥さん(荻窪佳撮影)
元日銀副総裁、ジャーナリスト・藤原作弥さん(荻窪佳撮影)

 時事通信の先輩2人の話をしましょう。現在は、ともに評論家などとして大活躍している田久保忠衛(ただえ)さん(86)と屋山(ややま)太郎さん(86)。田久保さんは、私のワシントン特派員時代の支局長(途中から)。自らエネルギッシュに取材をする“戦う支局長”。早稲田時代から、河合栄治郎(自由主義知識人を代表する社会思想家)に傾倒し、研究にいそしんだ信念の人でもある。“ケンカ太郎”こと、屋山さんにも、大変お世話になった。東北大の仏文出身で卒論に選んだのは、くしくも私と同じ仏作家のレイモン・ラディゲ。「彼は著作が少なくて、すべて日本語訳されているから選んだのでしょう」と先輩にはいえませんでしたが(苦笑)。

 2人の先輩に共通しているのは、すごい特ダネ記者でありながら、組織に拠(よ)らない「一匹オオカミ」なこと。2人とも最初は内政部、田久保キャップ、屋山記者のコンビで農業基本法全文を抜く大スクープ。その後、田久保さんは外信部へ、屋山さんは政治部に。屋山さんがローマ特派員時代に、IOC(国際オリンピック委員会)総会を取材し、札幌冬季五輪(昭和47年)開催をスクープしたエピソードは痛快で、いかにも屋山さんらしい。会場外の公衆電話ボックスに「故障中」の札を下げて通信手段を独占した上、駆けっこで負けないように、スニーカーを履いて、日頃から、走るトレーニングまでしていたというのですからね。

 2人とも、群れない一匹オオカミだけど、大きな特ダネを書くから社内の誰も文句は言えない。私は経済部にいて、自分ではちゃんと仕事をし、時々は特ダネも書いていたつもりでも、ラインからは外れ、「仕事をさぼって本を書いている」なんて思われていた。つまり、3人とも、組織にはなじまない“はぐれ三羽がらす”。似たもの同士で仲良くなりました。

 《藤原さんは、日銀副総裁を退任(平成15年)した後は、民間企業のシンクタンクなどを経て、民放のニュース番組のコメンテーター、番組審議会委員長、故郷の企業や新聞社の社外取締役・監査役などを務めた。「NHKの次期会長候補」と新聞で報じられたことも》

 (NHK会長候補報道のときは)日銀副総裁になったとき以上に、自宅前には各社の記者が殺到しましたが、結果的に、まったくの誤報でしたね。「あれがそうだったのか?」と後で思ったほど、打診ともいえない、微(かす)かなことがあったのは事実でしたが、私自身に、そんな気がまったくないのですから、やはり、誤報だと言わざるをえないでしょう。

 インターネットやスマートフォンの急速な普及で「紙・活字文化」はいま、重大な危機に差し掛かっていると思います。パソコンもろくに使えない私の時代は終わったのでしょうが、経験を踏まえて言わせてもらうと、ボタンひとつで取り出せたり、フェイクニュースが跋扈(ばっこ)するような「イージーなメディア」には、なってほしくない。知的源泉としての活字文化、知的作業としてのメディアの本質は変わらない。「あらまほし」(望ましい)というべきかな。(聞き手 喜多由浩)=次回は日本新聞協会NIEコーディネーターの関口修司さん

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