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新紙幣に採用 3人はどんな人?

(左から)渋沢栄一、津田梅子、北里柴三郎
(左から)渋沢栄一、津田梅子、北里柴三郎

 ■日本の資本主義の父

 一万円札の肖像画に選ばれた渋沢栄一は「日本の資本主義の父」と呼ばれる人物だ。天保11(1840)年、現在の埼玉県深谷市の農家に生まれた。幕末に幕臣として仕え、明治維新後は新政府で働いた後、実業界に転じ、明治6(1873)年に設立された「第一国立銀行(現みずほ銀行)」など約500の企業の設立や運営に関わった。紙幣や国債などへの紙需要を見込み、国内で初めての製造会社として現在の王子製紙の創立にも参画した。関西でも「第三十二国立銀行(現三井住友銀行)」や東洋紡、大阪ガスの設立に携わった。

 ■現津田塾大を創立

 五千円札の顔になる津田梅子は明治4(1871)年、政府が欧米派遣した「岩倉使節団」に6歳で加わった。日本で最年少の女子留学生5人のうちの1人とされ、帰国後は女子教育のための学校をつくりたいとの夢を膨らませ、家庭教師や華族女学校の教師に従事した。

 明治33(1900)年には、私立の女子高等教育機関として日本初の「女子英学塾(現津田塾大)」を創立するなどし、女子教育の先駆者としてその名を残した。

 ■破傷風の治療法開発

 千円札の顔に採用された北里柴三郎は近代医学に貢献した医学者だ。ドイツに留学して細菌学者のロベルト・コッホに師事。

 破傷風菌の純粋培養技術や血清を使った治療法を開発し、世界的に知られるようになった。

 帰国後も結核予防や細菌学研究に取り組み、大正3(1914)年には、北里大の前身となる研究所を設立したほか、慶応大医学部の創設にも尽力した。

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