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新元号が希求するものとは 令和に学ぶ万葉びとの和魂漢才

書店では新元号「令和」の出典となった万葉集関連本をそろえる特設コーナーも=2日、東京都内
書店では新元号「令和」の出典となった万葉集関連本をそろえる特設コーナーも=2日、東京都内
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 □万葉学者、奈良大教授・上野誠

 「平成」の次の新元号が「令和(れいわ)」と決まった。出典はわが国最古の歌集「万葉集」で、日本古典からの引用は初めて。645年の「大化」以降、248番目となる元号について、万葉学者として知られる奈良大の上野誠教授(58)が寄稿した。

 元号制度は、中国の皇帝制度に由来するものである。したがって、元号の元となる言葉は、中国の政治思想の根幹となる儒教の経典から求められていた。しかし、今日、東アジアにおいて元号を残しているのは、日本のみとなった。私たちは、二つの時間の尺度を持ち続ける選択をしたのである。それは、元号と西暦の二つの時間である。西暦は直線に進む時間であるのに対して、元号は巻き戻しのある時間である。今回、『万葉集』から、元号が求められた意味について、考えてみたい。

 すでに報道されているように、この元号は、『万葉集』の巻五から定められたものである。天平二年(七三〇)正月十三日に、大伴旅人(おおとものたびと)の邸宅に集った人びとは、うららかな春の一日を楽しむこととなった。九州・大宰府に赴任をしていた役人たちは、中国の詩人をきどって、梅の花見としゃれこんだのである。おめでたいお正月、加えて天気も良くて、風もやわらか。梅は鏡の前に置かれている白粉(おしろい)のよう。その香りは匂い袋のようだ、と、宴の日を讃(たた)えている。

 この句のなかにある、おめでたい月を表す「令月」と、風のここちよさを表す「気淑風和」の「令」と「和」の文字を合わせて「令和」としたのである。おそらく、そこに込められた思いとは、うららかな春の日のような平和な時間であろう。

 日本人は、和歌によって情というものを学んできた。そして、理すなわち理屈は、漢文によって学んできたのである。つまり、漢文は学問をする言葉であり、和歌は恋を語る言葉であったのだ。今回の元号は、三十二首の和歌を束ねて、その冒頭に添えられている漢文の序文から採られているのである。情と理とを、どのように調和させるのか。これは、古代から現在まで続く、日本人の大きな課題である。

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