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東農大二の名物監督、斎藤章児さん死去

2018年6月、前橋市で開かれたイベントで高校野球について語る斎藤さん(糸魚川千尋撮影)
2018年6月、前橋市で開かれたイベントで高校野球について語る斎藤さん(糸魚川千尋撮影)

 東農大二高(群馬県)の元監督で、同校野球部を春夏通算6回甲子園へと導いた名物監督の斎藤章児さんが4日、同県高崎市の自宅で死去した。79歳。通夜は6日午後6時から、告別式は7日午後0時半から、高崎市下之城町の「下之城プリエッセ」で。喪主は妻、偕子(ともこ)さん。

 東京都出身。立教高、立教大を経て社会人野球に進んだ後、指導者の道を歩み、昭和42年、東農大二高の監督に就任、27年間で6回の甲子園出場に導いた。平成12年から4年間、立大監督を務め、その間、多田野数人投手(元日ハム)らを育てた。

 富岡高監督時代、斎藤さん率いる東農大二と何度も対戦した明和県央高の東野威総監督(77)は「高校野球の先輩で、野球全般についてよく教えていただいた。本当に野球を愛している方だった」としのんだ。

 偕子さんは「笑っているような、眠っているような安らかな顔でした」と明かした。

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