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【彰往考来 新時代のヒストリア】幕末維新から平成、そして未来へ-近現代史と皇室を考える 所功・京都産業大名誉教授(1)

所功さん=千葉県柏市(関厚夫撮影)
所功さん=千葉県柏市(関厚夫撮影)

 歴史(往事・往時)を彰(あき)らかにすることによって新時代(未来)を考える-。「平成」から「令和」という歴史の転換点を迎えた現代こそ、こうした「彰往考来(しょうおうこうらい)」(※1)が求められるであろう。その最初の試みとして、皇室史の第一人者である所功・京都産業大学名誉教授に明治から平成にいたる時代と歴代天皇や皇室、そしてファミリーヒストリーについて語ってもらった。(編集委員 関厚夫)

「万機公論(ばんきこうろん)に決すべし」 戦前と戦後をつなぐ五箇条の御誓文

 大化の改新・建武中興(新政)・明治維新は「日本史上の三大改革」と言われています。昨年は「明治150年」という節目でしたが、残念だったのは明治の初めに掲げられた五箇条の御誓文(※2)があまり注目されなかったことです。

 「広く会議を興し、万機公論に決すべし」をはじめとする五箇条の御誓文は単に明治元(1868)年3月、明治天皇が国是(国家の基本方針)である5カ条の順守を天地神明に誓約されたのみならず、新政府の副総裁だった三条実美以下、総勢七百数十人の文武百官らが一人一人、「この御誓文を命がけで実行します」という決意を示す誓約の署名をしています。それゆえ従来は260にも分かれていた諸藩が一つにまとまり、翌年の版籍奉還、そして廃藩置県(明治4年)という近代的統一国家をつくる大前提が整いました。その意義はいくら強調してもしすぎることがないほど重要だと考えています。

 しかも、「天皇人間宣言」の通称でしられる昭和21(1946)年元日に公表された「新日本建設に関する詔書」は、昭和天皇のご意向により五箇条の御誓文が冒頭に掲げられ、日本は敗戦・占領下にあるけれども、誓いを新たにして「このご趣旨にのっとり、新日本を建設すべし」などと述べられています。つまり戦後の日本は五箇条の御誓文を新国是として再出発したといえるのです。

故郷・岐阜と「ご一新」

 〈司馬遼太郎の短編に『美濃浪人』という佳作がある。主人公の志士、所郁太郎は西濃(岐阜県南西部)出身で、適塾で学んだ蘭方医でもあった。幕末長州藩の内紛で襲撃され、瀕死だった後の顕官、井上馨の一命を救ったことでしられる。しかし、まもなく病に倒れ、“無名の志士”のまま、数え歳28で生涯を終える。郁太郎(旧姓・矢橋)の養子先の所家は、所さんの実家の隣町にあたる現在の岐阜県大野町にある〉

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