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【話の肖像画】智弁和歌山前監督・高嶋仁(72)(6)箕島・尾藤という壁

 〈智弁和歌山は、甲子園では昭和60年の初出場から5回連続で初戦敗退。甲子園の観客からは辛辣(しんらつ)なヤジも飛ばされた〉

 初出場のときは3対1で負けた。あとはすべて1点差だった。そして、5回目に行ったときに「おい、智弁和歌山。よう来たな。また負けに来たんか」と言われた。甲子園は優しいお客さんだけじゃない。頭をガツンとたたかれたような感覚になった。それまで甲子園に出るために必死で、勝つためにやっていなかった。お客さんに目を覚まさせてもらった。5試合の内容を全部調べ上げると、全部勝てる試合だった。

 そして平成5年の夏に初めて甲子園で勝った。5回連続で負けたときは、ベンチの隅の方で目立たないように座っていたけれど、このときは「もうええわ。どっちみち負けるんやし」と思ってベンチ前に立ちました。すると勝った。ここからいわゆる「仁王立ち」が生まれた。この年のメンバーは下級生が中心で、クリーンアップもバッテリーも翌年残った。その年(平成6年)の選抜に出場し、初優勝しました。(聞き手 尾崎豪一)

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