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【書評】『ヨーロッパ近代史』君塚直隆著 「宗教と科学」相克で描く500年

『ヨーロッパ近代史』
『ヨーロッパ近代史』

 かつて古代人は神々を崇(あが)めていたが、古代末期には唯一の神しかいないと信じるようになった。そのころからヨーロッパがヨーロッパらしくなり、全知全能の神は人間と自然のすべてを支配した。

 この唯一神の束縛から解放されていく、その道のりがヨーロッパ近代なのである。それとともに、ヨーロッパは世界に君臨するようになる。だから、この力の根底には「宗教と科学」の相克があるにちがいない。それが本書の視座であり、ルネサンス以降の代表的人物8人をとりあげながら、それぞれの時代精神を再現しようと試みる。

 ルネサンスは「人間のすばらしさ」を強調する人文主義の学芸であった。とりわけ財力を蓄えた商人富豪は芸術の庇護(ひご)者でもあった。フィレンツェ近郊のヴィンチ村出身のレオナルドの最高傑作は今日他国にあるが、これはフィレンツェ芸術に憧れる他国の君主のもとに外交手段として派遣されたからなのだ。

 16世紀初め、「教会の外に救いなし」と思っていた人々に教皇の名で贖宥(しょくゆう)状が売られていた。それを告発したのがドイツの大学教授ルターであった。やがて彼は聖書のドイツ語訳を果たし、それは活版印刷術によって広く読まれ、個々人の信仰によってのみ救われるという義がめばえる。

 このような「個人」の登場は、「17世紀科学革命」に結晶する近代科学の発展をうながした。個々人の権利や信仰を尊重する動きも広がり、とくに清教徒革命や名誉革命を経験した英国からジョン・ロックの「宗教的寛容」という考え方が生まれ、以後のヨーロッパ思想界に受け入れられた。18世紀以後の啓蒙(けいもう)主義や市民革命を通じて、これらの「個人」意識は多くの人々に広がっていったのである。

 20世紀の第一次世界大戦は、総力戦の脅威を見せつけた。この過程で起きたロシア革命を率いたレーニンは無神論者として知られるが、死後「神」のごとく祭り上げられたのは歴史の皮肉である。

 「宗教と科学」の相克でヨーロッパ近代を描いた本書の試みは成功しており、読み応えがあったと拍手したい。(ちくま新書・1000円+税)

 評・本村凌二(東大名誉教授)

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