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【書評】『絶望書店 夢をあきらめた9人が出会った物語』頭木弘樹編

『絶望書店 夢をあきらめた9人が出会った物語 頭木弘樹編』
『絶望書店 夢をあきらめた9人が出会った物語 頭木弘樹編』

 ■頭のなかが澄み渡ってくる

 ベートーベンの手紙やメッシになれなかった元サッカー少年の実話、藤子・F・不二雄の漫画など、既存の分野にとらわれない、自由なセレクトに引き込まれる。『絶望書店』は「夢のあきらめ方」を切り口に9つの物語を集めたアンソロジー。テーマは決して明るくないのに、読んでいると頭のなかが澄み渡ってくる。不思議な本だ。

 まず最初に収められた山田太一のエッセー「断念するということ」は〈生きるかなしみ〉についてつづっている。人間の可能性をめぐる考察がとりわけ素晴らしい。日本人は努力次第で人生はなんとかなるという意識が強い。しかし頑張ってひとつの夢を叶(かな)えたとしても次々とほしいものは出てくる。可能性の追求にキリがない社会で、どうすれば心の平安が得られるのか。山田氏は滋味に富む言葉で手がかりを提示してくれる。

 目標のために頑張ることは尊いが、頑張りすぎれば自分を損なうこともある。小説「マクベス夫人の血塗られた両手」(ダーチャ・マライーニ著、香川真澄訳)の主人公は駆け出しの女優だ。6カ月も仕事がなく、やっと舞台に出演できることになった。出演料が入れば、パリに行くことができる。そう思って、演出家の理不尽な要求を受け入れようとするが…。セクハラシーンでたまった鬱屈は、彼女が空を見上げて笑うくだりで消える。夢よりも大切なことが描かれた一編だ。

 収録作はいずれも忘れがたい魅力があるが、一編だけどうしても読んでほしい作品を選ぶとしたら小説「アジの味」(クォン・ヨソン著、斎藤真理子訳)にするだろう。

 語り手は3年ぶりに別れた夫と再会する。研究者になる道をあきらめたという彼は、アジを食べながら、のどを手術してしばらくしゃべってはいけなかったときのことを語りだす。努力ではどうにもならない原因で思い描いていた未来を閉ざされてしまった人が、ある言葉を発見することによって自らを救う。どんな挫折のなかにも喜びは隠れているのかもしれない。最後に元夫婦が握手をする場面がしみじみと美しい。(河出書房新社・1500円+税)

 評・石井千湖(書評家)

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