【編集者のおすすめ】『極夜行前』角幡唯介著 詩人のように心地よい描写
昨年、ノンフィクション界の話題をさらった『極夜行』。新設のYahoo!ニュース本屋大賞ノンフィクション本大賞と、伝統ある大佛次郎賞を受賞したことが、いかに幅広い層に受け入れられたかを証明している。
その刊行から1年。角幡唯介の新刊は、驚くことなかれ『極夜行前』だった。『極夜行』の完成度からして、まだこれほど書くことが残っていたのかと、感心する。一世一代をかけた極夜の探検に臨むには、350ページを埋め尽くすほどの準備があったのだ。
時間にすれば3年。その間毎年北極に行き、さまざまなテストを行った。GPSを持たないことを決めていた角幡にとって、方角を教えてくれるのは六分儀。まずはそれを使えるようになること。それから、長旅で相棒となる犬のしつけ。本番と決めていた年の夏、カヌーで自分と犬の食料や燃料をいくつかの小屋に運ぶ作業も、実は命懸けだった。これらは準備といえども立派な探検であり、これを一冊にまとめたかったという著者の意思も分かる。
そして本作も、得意な展開力で読者を最後まで飽きさせない。角幡が極夜を描くとき、まるで詩人のようになるのも、編集者としては好きなところ。本作も冒頭から、心地よいリズムの情景描写で、われわれをあっという間に極夜の世界に連れて行ってくれる。
「風とは何か? 闇の世界にいるとその答えが分かる」
知らない世界、今後も知りえない世界を角幡がたっぷりと見せてくれる。(文芸春秋・1750円+税)
文芸春秋ナンバー出版部 藤森三奈