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【御朱印巡り】長野・上田 生島足島神社 名将も祈願 「生命力」と「満足」

御朱印帳には、「大八洲真中」の文字が押印されている。生島大神、足島大神の2神は、歴代天皇が都を定められる際、その地に鎮祭され、明治天皇も明治2年、皇居に自ら祭られた
御朱印帳には、「大八洲真中」の文字が押印されている。生島大神、足島大神の2神は、歴代天皇が都を定められる際、その地に鎮祭され、明治天皇も明治2年、皇居に自ら祭られた
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 日本列島で生きとし行ける万物に生命力を授け、心満たされる幸せな生涯をもたらす-。「生命力」の神様が「生島大神(いくしまのおおかみ)」であり、「満足」は「足島大神(たるしまのおおかみ)」のご神徳なのである。この2神をご祭神として祭る信濃の古社として知られる。

 神が治めていた神代のいにしえに、諏訪大社のご祭神である建御名方富命(たけみなかたとみのみこと)が諏訪の地に下降する途次に、2神に奉仕して米粥を煮て献上したと伝えられる。今でも摂社に祭られていて、毎年、11~4月にかけて、この故事にならった御籠祭(おこもりさい)が行われている。

 本殿には、ご神体を祭る内殿が造られていて、そこには床板が張られておらず、土間になっている。土間、すなわち大地そのものがご神体なのである。2神はともに、日本列島の御霊(みたま)として祭られた由縁があるのだと知れる。

 境内は、周辺の貯水池から引いた「神池(かみいけ)」が、本殿のある「神島(かみしま)」をめぐっている。池内宣裕禰宜(ねぎ)によれば、「『神島』は日本列島であり、『神池』は周囲の海」なのだという。日本の未来に安泰あれと、ひごろから願っている思念がここに凝集されているといえまいか。

 皇室や武将の崇敬があつく、平城(へいぜい)天皇が平安時代の大同元(806)年、祭祀(さいし)を維持するなどのため神戸(かんべ)を寄進した。醍醐天皇が在位していた延喜のころには、霊験著しいとされる名神(みょうじん)大社に列せられてもいる。戦国時代にこの地を治めた武田、真田両家の武将らからも、神領を寄進され、社殿を修築されるなどしている。

 御朱印帳の上部には、勾玉(まがたま)のような形をした巴の紋が2つ押印されている。反時計回りの紋が生島大神で、時計回りは足島大神である。六文銭は、上田藩の初代藩主である真田信之が生前、摂社を再建したことにちなんでいる。

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