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【歴史の交差点】武蔵野大特任教授・山内昌之 3つの「政体」

1月30日、イランの首都テヘラン郊外のホメイニ廟を訪れた最高指導者ハメネイ師(同師事務所提供・ゲッティ=共同)
1月30日、イランの首都テヘラン郊外のホメイニ廟を訪れた最高指導者ハメネイ師(同師事務所提供・ゲッティ=共同)

 英語の「ポリティー(政体)」の語源とされる「ポリーティアー」とは、もともとギリシャ史で都市国家の働きを統御する政体の形態を意味したらしい。とくに3つのポリーティアーが知られている。独裁政と寡頭(かとう)政と民主政である。

 その代表的な国家といえば、現在の中東の中心と周縁に存在していた。古代ローマ時代のギリシャ人歴史家、プルタルコスの表現を借りるなら、ペルシア(イラン)人は責任を問われない君主の独裁を選び取り、スパルタ人は度し難い貴族の寡頭政を選択し、アテナイ(アテネ)人は混じり気なしの自治の民主政を受け入れたというのだ。

 プルタルコスは、それらが逸脱すれば、僭主(せんしゅ)、門閥、衆愚の名がつけられると述べた。「独裁君主政ではその無責任さが暴力を、寡頭政ではその図々(ずうずう)しさと横柄さを、民主政ではその平等が無秩序をそれぞれ生み出す」と(『モラリア』9)。いずれにしてもこれらの3つは、思慮分別の欠如があれこれの極端さを生み出すときに発生する。

 おそらく現代世界の中東以上に、このポリーティアーの秩序と無秩序の多様性を示している地域はないだろう。独裁政とその変型なら、君主制と共和制を問わずアラブのほとんどの国で見られた政体である。寡頭政はホメイニによる法学者の統治理論を墨守するウラマー(宗教者)のエリート集団が君臨するイランに通じるものがある。中東で貴重な民主政の実験と試行錯誤を繰り返してきた国として、トルコを挙げることに異存はあるまい。留保付きながら、そこにチュニジアとモロッコも入るかもしれない。

 ただし、古代でも混じり気なしの民主政は、ポリーティアーの一つとして見なされない場合もあったという。それはむしろ多種多様なポリーティアーの「百貨市場」のごときものだったからだ。それは、誰でも好き勝手に発言することはできても、必ずしも責任を伴わない。イスラエルは中東唯一の民主主義国家と自称するが、4月の総選挙でネタニヤフ首相は、極右ナショナリストの故メイル・カハネの信奉者たちとも協力する。民主政も時として「百貨市場」にすぎないことを露呈する例といえないだろうか。

 他方、現代イランの政治はいつもエリート集団の営みであり、最高指導者ハメネイといえども、独裁者や僭主のような絶対権力を行使できない。最近、辞職騒ぎを演じたザリフ外相もエリート集団の一員であり、法学者の統治というイランの政教一致体制を国際的に認知させる上で、国連大使や外相として約20年にわたり重要な役割を果たしてきた。外相辞任を引き留めた一人がシリアの実戦部隊を指揮する革命防衛隊司令官のスレイマニだったのは、エリート集団の左右対立を超えた共同体意識を示唆するといえよう。

 プルタルコスの「図々しさと横柄さ」という表現は、いかにもイランの宗教者の特性をついているのではないか。(やまうち まさゆき)

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