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【聞きたい。】本郷和人さん 『承久の乱 日本史のターニングポイント』

『承久の乱 日本史のターニングポイント』
『承久の乱 日本史のターニングポイント』
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 ■相いれない国家像の戦い

 鎌倉時代初期の承久3(1221)年、後鳥羽上皇が鎌倉幕府の最高権力者、北条義時の追討を命じたことに始まる承久の乱。関ケ原の戦いなどと比べ知名度こそ高くないが、実はこの乱こそ日本史上のきわめて重要な転回点だった。

 「承久の乱以後、約650年続く武士の世ができあがった」。そう位置づける著者は、本紙連載「本郷和人の日本史ナナメ読み」でおなじみの東大史料編纂所教授。戦い自体は短期間で幕府軍の圧勝に終わり、3上皇が流刑に処され、朝廷に対する武家政権の優位が確立した。なぜこの乱は生じ、どうして幕府軍の一方的勝利に終わったのか。鎌倉時代の朝幕関係の第一人者として、本書はこの問いに長年の研究に基づいた明確な回答を与える。

 まず、着目するのは鎌倉幕府の成り立ちだ。源頼朝以後、地方の在地領主の利害を代表する存在として成立した幕府。御家人たちの忠誠の対象は自分たちの利益を守ってくれる頼朝であって、朝廷ではない。頼朝自身も、御家人が自分の許可なく官位をもらうことを禁じていた。東国には武士たちが自分の実力をもとに築いた「東国国家」と言うべき自律的秩序が形成されていたわけだ。「いわば、頼朝とその仲間たちです」

 一方、朝廷で院政を敷く後鳥羽上皇は朝廷を中心とした古代以来の国家像を抱いており、朝廷の武士団を増強するなど自前の軍事力を拡大していた。朝廷に融和的だった3代将軍の源実朝が殺害された後、「この2つの相いれない国家像が決定的な衝突を迎えたのが承久の乱」として、乱の構図を明快に描き出す。

 「承久の乱での勝利によって、鎌倉幕府は2つ目の国家としての立場を確保しました」。乱に至る構造を説くうちに、鎌倉幕府とは何か、武士とは何かというところにまで考察の射程が届く。深い学識を、万人が理解できる平易な文章で表現した優れた歴史書だ。(文春新書・820円+税)

 磨井慎吾

 【プロフィル】本郷和人

 ほんごう・かずと 昭和35年、東京都生まれ。東大文学部卒。博士(文学)。著書は「新・中世王権論」「日本史のツボ」など多数。

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