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【アート 美】磯崎新さんにプリツカー賞 実践と理論で現代建築リード

水戸芸術館(90年)
水戸芸術館(90年)
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 建築界のノーベル賞とも言われる米プリツカー賞受賞が決まった磯崎新(87)は60年にわたりインパクトのある建築作品を国内外で手掛けてきた世界的建築家だ。1980年代にはポストモダン建築を先導するなど、前衛的な理論と実践で現代建築をリード。建築家や文化人の国際ネットワークを作ったり、コンペ(設計競技)の審査員としてイラク出身の建築家、ザハ・ハディド(1950~2016年)らを見いだしたりと、新しい才能の発掘にも寄与してきた。遅すぎる受賞といえる。

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 1931(昭和6)年、大分市生まれ。建築家としての原点は、第二次大戦後の焼け野原という。東大で戦後復興を象徴する建築家、丹下健三(1913~2005年)に師事し、1963年に独立。故郷で手掛けた大分県立大分図書館(66年、現アートプラザ)で注目された。また群馬県立近代美術館(74年)は、立方体フレームで構成した幾何学的空間が特徴で、「ホワイトキューブ(白い立方体)」と呼ばれる世界の現代美術空間の代名詞となった。

 日本のポストモダン建築の代表作、つくばセンタービル(83年)は国家プロジェクトである筑波研究学園都市の中核施設だったが、資本と合体し“顔”が見えなくなった国家を表したという建築は当時、論争を呼んだ。ルネサンスの芸術家、ミケランジェロがローマの丘で手掛けたカンピドリオ広場を引用、反転させるかたちで中央広場を低い位置に設け、「中心不在の日本」を暗に象徴した。

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 現在、20世紀以降の未完の建築に焦点を当てたユニークな企画展「インポッシブル・アーキテクチャー」が埼玉県立近代美術館(さいたま市)で開かれているが、撤回されたハディドの新国立競技場案とともに、磯崎の東京都新都庁舎計画も紹介されている。コンペ要項に沿った超高層ではなく、あえて低層プランを提示、確信犯的に落選した。縦割り行政ではない、横の連携の重要性を建築を通して訴えた。

 こうした社会・文明批評的アプローチは、幅広い見識に裏打ちされている。若い頃から世界各国の建築を行脚し、国内外で広く文化人と協働、交流してきた。建築を技術や表層で捉えるのではなく、さまざまな活動を生む「空間」として捉え、その哲学は特に地方の文化施設プロジェクトに生かされている。代表的なのが、高さ100メートルのタワーが印象的な水戸芸術館(水戸市、90年)。美術と音楽、演劇がクロスオーバーする芸術発信拠点として根付いている。

 また、海外であまたのプロジェクトを手掛ける発端となったのは、米ロサンゼルス現代美術館(86年)だ。西洋の黄金比の美学に、東洋の陰陽説や時空間の概念を融合させた建築は高く評価された。以降、東西文化を橋渡しする言説や実作で、国際的に影響を与えてきた。

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