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【モンテーニュとの対話 「随想録」を読みながら】〈46〉フランス革命の呪縛

父母の呼称を駆逐するのか

 バレンタインデーの2月14日、英国の保守系高級紙「デーリー・テレグラフ」の電子版が首をひねるようなニュースを報じていた。

 ある法案がフランスの下院を通過した。学校において、母と父の呼称を「親1号」「親2号」に置き換えようというのだ。同性婚の家庭の子供に配慮するためだ。フランスでは同性婚が合法化され、同性カップルが養子をとることも認められている。

 この法案は「学校の信頼構築」法案と呼ばれ、マクロン政権与党の議員が発議し、左派政党も同調した。ところが、さすがのフランスでも「行き過ぎ」と感じる人も多かったようで、本紙の三井美奈パリ支局長のコラム「パリの窓」によれば、「父、母の呼称を消す必要はないのでは」という国民教育相の注文で、今後の国会論議で再検討される見通しになったという。

 ただ、三井支局長はこうも書いている。《若い友人が「現実にはもう使われているよ。ウチでは父が親1号だ」というので驚いた。税務署や国鉄の文書で「親1号、親2号」の記載は広がっており、パリ市議会も昨年、採用方針を決めたとか》

 フランスを眺めていて時折感ずることがある。フランス革命のスローガンである自由・平等・友愛を放棄すれば、自分たちがよって立つ足場が崩れてしまうという強迫観念にフランス人はつきまとわれているのではないか。「平等」を実現するために、歴史的で血の通った呼称を駆逐して、ロボットのような言葉に置き換えようとする今回の法案も、きわめてフランス人らしい発想といえないか。

 まともな裁判にかけることもなく国王と王妃の首を刎(は)ねたフランス革命は、人間の理性だけで理想的な社会を構築できるという幻想と驕(おご)り、すなわち「設計主義」の産物だった。理性と暴力によって歴史の連続性を破壊して独裁政治とテロリズムを生みだした。それだけでなく、おぞましい共産主義の淵源(えんげん)にもなった。フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」で繰り返される歌詞はこうだ。

  

 武器を取れ、市民らよ

 隊列を組め

 進め、進め!

 汚れた血が

 われらの畑の畝間(うねま)を満たすまで!

  

 カンボジア共産党が母体となった「クメール・ルージュ」を率いて国民の大虐殺をやってのけたポル・ポトが、旧宗主国であるフランスではなく、フランス革命を徹底批判した『フランス革命の省察』を著した保守思想家、エドマンド・バークの母国である英国に留学していたら、と想像してしまう。ポル・ポトはフランスで共産主義思想に染まり、帰国後、毛沢東思想の影響を受けて蛮行に走ったのだ。

神の冒涜も問題なし?

 こんなことを書いているうちに、2015年1月7日にパリで起こった「シャルリー・エブド」襲撃事件と、その直後に世界に波及した「私はシャルリー」運動を思い起こしてしまった。

 事件を振り返っておこう。週刊風刺新聞「シャルリー・エブド」は、イスラム過激派によるテロ事件が世界で頻発するなかで、頭を抱えるムハンマドの絵を表紙に掲載した。吹き出しには「ばかどもに愛されるのはつらいよ」とあった。

 これに激怒したテロリストが「シャルリー・エブド」の本社に乱入、編集長、風刺漫画家、コラムニスト、警察官ら合わせて12人を射殺した。その直後、テロリズムに抗議し、表現の自由を求めるために「私はシャルリー」と書いたボードを掲げる運動がフランスで起こり世界に波及していった。

 当時、産経新聞で国際問題を担当する論説委員と、この事件をめぐって議論になった。「フランス革命に端を発する共和国の成り立ちを考えれば理解できる」と論説委員は「シャルリー・エブド」を擁護した。「なるほど」と思いながらも、私は「フランス人のエゴイズムにすぎず、絶対に『シャルリー・エブド』の表現は支持できない」と返した。

 そんな議論をしているさなか、「東洋経済オンライン」が「シャルリー・エブド」事件をめぐる興味深い記事を配信した。パリ政治学院で情報戦争と政治学を教えるファブリス・イペルボワン教授へのインタビューだ(聞き手はジャーナリストの小林恭子さん)。

 イペルボワン教授は《フランスの言論・表現の自由の考えは、絶対王政を倒し、近代的ブルジョア社会を作ったフランス革命と切り離すことはできない》と述べる。

 どういうことか。絶対王政とは王権と教会権力が一体となったもので、フランス革命とはこの両者への反乱だった。神が選んだとされる国王(王権神授説を想起されたし)と教会権力への反乱は、どうしても神への冒涜(ぼうとく)を伴う。こうして成立した共和国においては、自分の神であろうと他者の神であろうと、批判し嘲笑の対象とすることを躊躇(ちゅうちょ)しなくなるのである。

 醒(さ)めた目を持つイペルボワン教授はこう付け加えている。《フランス式の言論の自由とはフランスのみで通用する。隣人への考慮をしない考え方だ》

自由・平等・友愛が神の座に

 ドイツの哲学者、カール・ヤスパースは『歴史の起源と目標』に《フランス革命は(略)近代的自由の源泉ではない。むしろ近代的自由は、イギリス、アメリカ、オランダおよびスイスにおいて、連綿と伝えられた真正の自由にその地盤を持つのである。(略)発端に見られた英雄的精神の発揚にもかかわらず、近代的非信仰の表現であり、起源なのである》と書いている。ポイントは《近代的非信仰の表現であり。起源なのである》という部分だろう。理性と暴力によって駆逐された神の代わりにその座に就いたのは、革命のスローガンであった自由・平等・友愛だった。

 こうして成立した共和国の構成員であるフランス人はいまなお、自由・平等・友愛という、理性でこしらえた「疑似神」を戴(いただ)いている。それゆえ彼らは、「平等」のために父母を「親1号」「親2号」と言い換えようとしたり、他者の神を侮辱した「シャルリー・エブド」を「自由」のために擁護したりするのだろう。

 モンテーニュは第2巻第12章「レーモン・スボン弁護」にこう記している。

 《神の抑制がなかったなら、我々は我々の盲目と暗愚とを、いかなる傲慢不遜にまでもって行くか知れたものではない》

 父母の呼称を「親1号」「親2号」に置き換えようとする発想は、傲岸不遜の極みではないか。これぞ、理性と暴力によって歴史の連続性を破壊したフランス革命の負の遺産であろう。フランス人が踏みとどまって、父母の呼称が残りますように。

 ※モンテーニュの引用は関根秀雄訳『モンテーニュ随想録』(国書刊行会)によった。

=隔週掲載

(文化部 桑原聡)

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