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プリツカー賞に選ばれた磯崎新さん「受賞は光栄」

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磯崎新さん(福島範和撮影)
磯崎新さん(福島範和撮影)

 「受賞は光栄であり、感謝します」。米プリツカー賞の今年の受賞者に決まり、主宰のハイアット財団に短いコメントを寄せた世界的建築家、磯崎新さん(87)。

 それは、遅すぎる受賞といえる。1950年代末から60年間、国内外で100を超える建築作品に関わり、80年代にはポストモダン建築を先導するなど、既存の枠にとらわれない実践と理論で現代建築をリードしてきたからだ。建築家や文化人の国際ネットワークを作ったり、コンペ(設計競技)の審査員としてイラク出身の建築家、ザハ・ハディドらを見出したりと、新しい才能の発掘にも寄与してきた。

 大分市生まれ。原点は、第二次大戦後の焼け野原という。建築界の巨匠、丹下健三に師事し、63年に独立。故郷で手掛けた大分県立大分図書館(67年)で注目を集めた。また群馬県立近代美術館(74年)は、白壁に囲まれた立方体フレームを基準に設計したもので、「ホワイトキューブ」と呼ばれる世界の現代美術空間の代名詞になった。

 日本のポストモダン建築の代表作、つくばセンタービル(83年)では、国家プロジェクトとして造られた筑波研究学園都市の中心施設でありながら、中央の広場を低い位置に設け「中心が不在の日本」という隠喩、象徴をちりばめた。また印象的なタワーを持つ水戸芸術館(水戸市、90年開館)は、美術と音楽、演劇がクロスオーバーする地方発の新しい芸術発信施設として脚光を浴びた。

 海外で数多くプロジェクトを手掛ける契機となったのが、米ロサンゼルス現代美術館(88年)だ。西洋の黄金比の美学に、東洋の陰陽説や空間概念を結びつけるなど、東西を融合させた建築で高く評価された。

 実験精神と大胆な発想は、幅広い見識に裏打ちされている。若い頃から世界各国の建築を行脚し、国内外の幅広い文化人と協働、交流をしてきた。建築を技術や表層でとらえるのではなく、さまざまな活動を生む「空間」でとらえようとした。

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