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キーンさん「日本人以上に日本を楽しんでいた」 養子の誠己さん会見

 その後も誠己さんは、キーンさんの身の回りの世話や仕事の秘書業務などを行った。

 「知り合ってから12年と3カ月。長いようで短く、短いようで長かった。普通の親子以上の、ものすごく密度の濃い親子でした」

 強く印象に残る言葉があるという。亡くなる1週間ほど前、キーンさんが口にした「You are everything for me,Asazo(君は僕の全てだ、浅造)」という言葉。キーンさんは普段、誠己さんのことを文楽の芸名である「浅造」と呼んでいた。「その時の目と表情がとても美しかった。その時は何気なく聞きましたが、今はそれが一番の慰めになっています」と語り、目に涙をにじませた。

 体調を崩しがちになってからも、日本文学への思いを語っていたという。

 「三島(由紀夫)さんのことは、最後まで『三島さんは死ぬべきじゃなかった』などと言っていました。作家としては、三島さん、川端(康成)先生への思いが一番深かったのだと思います」

 晩年は江戸中期の博物学者、平賀源内や、幕末期の浮世絵師、河鍋暁斎に関心を抱いていた。

 「強い好奇心と高い知性、豊かなユーモア。それなのに偉ぶらず、近くの商店街に買い物かごを下げて通うなど、日本人として生活の何もかもを楽しんでいた。父の人生は幸せだったと思います」

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